あたしは、スーッと大きく息を吸った。インターフォンのマイクに口を近付ける。
「壮悟くんッ!」
〈……ぅわっ〉
 歌うときの声をマイクにぶつける。アカペラでも通りすぎる、あたしの声。音響機器との相性もバツグンで、要するに、とてもうるさい。
「話をさせてくださいッ! どうして意地悪ばっかり言うんですかッ?」
〈ちょっ、おい……〉
「ここ、開けてくださいッ! それとも、勝手に入っていいんですかッ?」
〈……声、響きすぎ……〉
 まっすぐ突き抜けるようなクリアな声って、よく言われる。ハイトーンだと、特にそう。 あたしの声はインターフォンを通じて、壮悟くんの病室じゅうに反響しているはず。
 うるさいでしょう? 我慢できなくなるまで、しゃべり続けてあげる。あたしは再び、スーッと息を吸った。
 そのとき。
「うるっせーんだよ! 朝のガキどもの十倍うるせえ。その声、いろんな意味で凶器なんだよ。病人相手に何しやがんだ」
 病室のドアが内側から開いた。怒った顔の壮悟くんが、あたしを見下ろしている。
 朝と同じ、不良みたいに見える格好だ。ニット帽は、治療の副作用で抜けた髪を隠すためで、スウェットスーツは洗濯しやすいからで、そういうことはわかっているのだけれど。
 思いっきりにらまれると、やっぱり、不良にからまれているみたいで怖い。顔立ちが整っているせいで、ますます怖い。
 怖いけど、でも、ここで引き下がれない。
 あたしは腹をくくって、笑顔をつくった。
「やっと出てきてくれましたね」
 壮悟くんは、ぷいっと横を向いた。相変わらず顔色がよくない。
「その声、マジで加工ゼロなんだな。普段から、本当にこんな声とはね」
「え?」
「ハートを射抜く歌声、だっけ。声の響きがストレートで硬質、明るくて甘いハイトーン。ハマるやつが多いのもわかるけど、狭い病室であの音量は二度とやるなよ。脳みそに光線銃でも食らったような気分だ」
 あたしの歌が評価されているのは、ピアズの中だけだ。それを壮悟くんも知っている。ということは。
「壮悟くんも、ピアズをやるんですね?」
「…………」
 壮悟くんは答えずに歩き出した。あたしはその背中を追いかける。
「あたし、ずいぶん前からプレイしているんです。体を動かして遊ぶことがあまりできない体質で、でも音楽は得意なんです。音楽を作るソフトを使うのも、音楽系ゲームも。だから、ピアズのバトルも得意で」
「あっ、そう」
 壮悟くんは背が高くて、脚が長い。大股でゆっくり歩いているように見えるけれど、小柄なあたしは、軽い駆け足になっている。
「今は、古い日本風のステージにいるんです。平和じゃない時代なんですけど、活気があって、カッコいいなって思います。ステージガイドさんもステキなキャラで。思いがけない行動をとるから、ちょっと困るけど」
 突然、壮悟くんが足を止めた。あたしを見下ろす目が真剣だ。
「ほかに、感想は?」
「はい?」
「そのステージの感想。ほかには?」
 口調が変わった。そんな気がした。
「えっと、キャラが魅力的です。人数は多いんですけど、一人ひとり、ちゃんと書き込まれていて、個性的で、生き生きしているんです。まだほんの序盤なんですけどね」
 壮悟くんが、ふっと息を洩らした。笑ったんだ。
「個性的ね。そりゃそうだ。オリジナルの彼らが個性的なんだから」
「え? え、待って」
 知っているの? 配信前の、誠狼異聞というステージを?
「カッコいいに決まってんだよ。あいつらなんだから」
 あたしは息を呑んだ。
「もしかして、壮悟くんって……!」
 ラフ先生が言っていた。誠狼異聞のシナリオを書いた人は若いって。書いた当時、十五歳だった、って。
 シナリオオーディションは去年だった。去年、壮悟くんは十五歳だったはず。
 あたしは事実を確かめたかった。でも、壮悟くんにさえぎられた。
「まあ、関係ない話だな」
「か、関係ありますよ? だって、あたしはテスターで……」
「だったら、ますますだ。テストする側と、される側。仲良しごっこしちゃいけない間柄だろ」
 それって肯定ですよね? 壮悟くんが誠狼異聞を書いたという意味でしょう?
 朝綺先生もそれを知っている。だから、リアルで会う前から知り合いだった。そうでしょう?
 あれこれ想像してみる。いろいろつながって、ワクワクして、すごいなって思った。何もかも全部すごいなって。