壮悟くんが入院して、三日が経った。新しい子が入院してきたという情報は、もうみんなが知っている。
 でも、壮悟くんの姿を見た人は、あまりいない。壮悟くんは病室に引きこもっていて、朝ごはんの食堂にも院内学園にも来ないんだ。
「壮悟くんを迎えに行ってあげようよ!」
 朝ごはんのとき、望ちゃんが元気よく言った。勇大くんも理生くんも賛成して、三人の期待のまなざしがあたしに集まった。
「じゃあ、行ってみましょうか」
 小学生の三人が「やったー!」と歓声を上げた。
 みんなそれぞれ制服に着替えると、あたしの病室の前に集合して、壮悟くんの病室に向かった。インターフォンを鳴らして、迎えに来たよ、院内学園に行こうよ、と声をかける。
 壮悟くんはインターフォン越しに、一言。
「帰れ」
 望ちゃんたちは顔を見合わせた。だけど、今さら引っ込みがつかない。
「失礼します!」
 勢いよくドアを開けて、病室に入って、そこでピタッと固まった。
 背の高い壮悟くんに見下ろされて、にらまれている。壮悟くんの入院着はストリート系のスウェットスーツで、頭にはニット帽もかぶっているから、なんていうか、ちょっと昔の不良みたいな格好で。
 正直言って、ガラが悪くて怖いです。
 壮悟くんは不機嫌そうに吐き捨てた。
「何度も言わせんなよ。帰れ」
 あたしたちは見事に追い返されてしまった。
「……というわけなんです。だから、望ちゃんと勇大くんは怒ってるし、理生くんは落ち込んじゃったし、壮悟くんも院内学園に来てくれなかったし。あたし、何もできなくて、すみません」
 一連のできごとを、あたしは朝綺先生に報告した。
 朝綺先生は眉を掲げて、やれやれと首を振った。ラフ先生だったら、もっと大げさに、両腕を広げながら肩をすくめていると思う。
「優歌が謝ることじゃねぇだろ。わざわざ行ってくれて、ありがとな。壮悟のことは、しばらく様子見を続けようぜ。ちっとは丸くなってくれりゃ助かるけど」
「病室から出たくないなら、仕方ないです。でも、どうして外に出たくないのか、ちゃんと言葉で伝えてほしかった。望ちゃんたち、怖がっていました」
「優歌、怒ってるのか?」
「少し怒っています。壮悟くんは、ここではおにいさんなんだから、年下の子どもたちには優しくしてほしいです」
 朝綺先生が柔らかく目を細めた。
「優歌がいれば、子どもらも安心だな。壮悟のことも、ついでに面倒見てくれねぇか? 男ってのは、年齢よりガキっぽいもんなんだ。あいつも、ああ見えてガキなんだと思うぜ」
「朝綺先生がそう言うなら、わかりました。また壮悟くんと話をしてみます」
「よろしく頼む。あいつの入院も長引くはずだし。まずは友達になってやってくれ。おれじゃ拒否られるんだ」
 あたしも拒否されるかもしれないけど。でも、朝綺先生の頼みは断れない。
 院内学園の放課後、あたしは病室でお昼ごはんを食べた。歯磨きをして、髪や服をチェックして。
「よしっ」
 ギュッとこぶしを握って、気合いを入れた。壮悟くんの病室へ、いざ出陣。
 小児病棟の端っこの病室。ここに来るのは、これで三回目。でも、あたしひとりでっていうのは初めてだな。
 緊張してドキドキするのを、深呼吸でなだめる。ピンッとインターフォンを鳴らした。
〈……誰?〉
 低くて、ちょっとかすれた声。緊張が高まる。
「あ、あたし、遠野優歌です。朝からも、お邪魔したけど……」
〈邪魔と思うなら来るな〉
 意地悪。わかりやすく、意地悪。
「邪魔かもしれないけど、あなたとお話ししたいことがあるんです」
〈おれはあんたと話すことなんてない〉
「そんなふうじゃ困るんです。というか、困るのは壮悟くんのほうだと思います」
〈困らない〉
「長期入院なんでしょう? 少しでも楽しく過ごせるように工夫……」
〈余計なお世話だ〉
 どうしよう。何を言っても、切り捨てられる。朝綺先生も拒否されると言っていたけど、こういうことなんだ。
「あの、壮悟くん、明日……」
〈帰れ〉
「えっと、明日がダメなら、今からとか」
〈帰れってば〉
「ご、午後から治療か何か、あるんですか?」
〈あんたには関係ない〉
 関係ないけど関係あるの!
 もう、強硬手段。あたしをおとなしくて気が弱い女の子だと思っているのなら、大間違い。絶対に話をするんだから。