彼の病室は、小児病棟の端っこにあった。ドアのそばに、真新しいネームプレート。大場壮悟《おおば・そうご》くんと書かれている。
朝綺先生の視線がインターフォンに向けられた。その腕が動き出すより先に、あたしは素早くインターフォンを押した。朝綺先生が名乗った。
「こんちわ。おれは朝綺っていうモンで、昼ごろに挨拶に行くって予約してたんだけど」
〈……ああ、朝綺。待ってた〉
応えた声は、女の人だった。
プシュッと音をたててドアがスライドした。
ベッドに腰掛けた男の子がいた。そのそばに、腕組みをして立つ白衣の女の人がいた。二人とも不機嫌そうな目で、あたしたちを見た。
朝綺先生が病室に入った。あたしもそれに続く。
「失礼します」
あたしの後ろで、プシュッとドアが閉まった。
男の子はまず朝綺先生をにらんで、それから、あたしをにらんだ。じーっと強く、怖い目で見つめられる。
彼はたぶん、けっこう背が高い。すっぽりかぶったニットキャップ。眉がクッキリしていて、目がハッキリ大きくて、青白い顔をしている。少し厚めの唇は、色がなくて荒れていた。
でも、どうしてこんなににらまれるんだろう?
あたしは朝綺先生の後ろに隠れた。でも、朝綺先生は物怖じしない人だ。
「初めましてってのも変だけど、おれが飛路朝綺。顔合わせは初だな。リアルのほうでは、院内学園の教師やってる。院内学園の件、主治医から聞いてあるだろ? 壮悟も明日から顔を出せよ」
壮悟くんは朝綺先生をジロッと見た。
「どーも。あんたが噂のマウスか」
タンッと靴音が響いた。白衣の女の人がパンプスを踏み鳴らした音だ。
「壮悟、あなた、わたしを怒らせるのがそんなに楽しい?」
声が震えているのは怒りのせいだ。なのに、壮悟くんはニヤッとした。
「医者の態度として、模範的じゃないね」
この女の人、お医者さんなんだ? すごく若いのに。
二十代前半だと思う。お化粧していないけれど、すごくキレイな人だ。目が大きくて口が小さくて、かわいい印象もある。
どこかで見た顔のような気がする。どこだっけ? あたしが首をかしげていたら、朝綺先生が答えを出した。
「優歌、紹介する。その白衣の不機嫌そうな女は医者兼研究者でね。風坂麗《かぜさか・うらら》っていうんだ」
あっ、と、あたしは声を上げてしまった。風坂麗先生。有名な人だ。
「人工細胞を使った先端医療の先生ですよね。難病の完治に世界で初めて成功したんでしょう? この病院にお勤めだって聞いていたから、いつかお会いできるかなと思っていました」
「優歌も知ってたか。ちなみに麗の兄貴は、介助士の界人なんだぜ」
「ええっ? あ、でも、確かに、鼻や口の形が似ていますね」
麗先生はあたしのほうを見て、ちょっと考えるみたいに眉を寄せた。
「……ああ、思い出した。たまに屋上にいるでしょ?」
「あ……は、はい」
「いい声ね」
麗先生はニコッと笑った。笑顔になると、かわいらしい印象だった。つられて、あたしも笑った。ちょっと恥ずかしいけれど。屋上で歌うところ、知られていたんだ。
朝綺先生の視線がインターフォンに向けられた。その腕が動き出すより先に、あたしは素早くインターフォンを押した。朝綺先生が名乗った。
「こんちわ。おれは朝綺っていうモンで、昼ごろに挨拶に行くって予約してたんだけど」
〈……ああ、朝綺。待ってた〉
応えた声は、女の人だった。
プシュッと音をたててドアがスライドした。
ベッドに腰掛けた男の子がいた。そのそばに、腕組みをして立つ白衣の女の人がいた。二人とも不機嫌そうな目で、あたしたちを見た。
朝綺先生が病室に入った。あたしもそれに続く。
「失礼します」
あたしの後ろで、プシュッとドアが閉まった。
男の子はまず朝綺先生をにらんで、それから、あたしをにらんだ。じーっと強く、怖い目で見つめられる。
彼はたぶん、けっこう背が高い。すっぽりかぶったニットキャップ。眉がクッキリしていて、目がハッキリ大きくて、青白い顔をしている。少し厚めの唇は、色がなくて荒れていた。
でも、どうしてこんなににらまれるんだろう?
あたしは朝綺先生の後ろに隠れた。でも、朝綺先生は物怖じしない人だ。
「初めましてってのも変だけど、おれが飛路朝綺。顔合わせは初だな。リアルのほうでは、院内学園の教師やってる。院内学園の件、主治医から聞いてあるだろ? 壮悟も明日から顔を出せよ」
壮悟くんは朝綺先生をジロッと見た。
「どーも。あんたが噂のマウスか」
タンッと靴音が響いた。白衣の女の人がパンプスを踏み鳴らした音だ。
「壮悟、あなた、わたしを怒らせるのがそんなに楽しい?」
声が震えているのは怒りのせいだ。なのに、壮悟くんはニヤッとした。
「医者の態度として、模範的じゃないね」
この女の人、お医者さんなんだ? すごく若いのに。
二十代前半だと思う。お化粧していないけれど、すごくキレイな人だ。目が大きくて口が小さくて、かわいい印象もある。
どこかで見た顔のような気がする。どこだっけ? あたしが首をかしげていたら、朝綺先生が答えを出した。
「優歌、紹介する。その白衣の不機嫌そうな女は医者兼研究者でね。風坂麗《かぜさか・うらら》っていうんだ」
あっ、と、あたしは声を上げてしまった。風坂麗先生。有名な人だ。
「人工細胞を使った先端医療の先生ですよね。難病の完治に世界で初めて成功したんでしょう? この病院にお勤めだって聞いていたから、いつかお会いできるかなと思っていました」
「優歌も知ってたか。ちなみに麗の兄貴は、介助士の界人なんだぜ」
「ええっ? あ、でも、確かに、鼻や口の形が似ていますね」
麗先生はあたしのほうを見て、ちょっと考えるみたいに眉を寄せた。
「……ああ、思い出した。たまに屋上にいるでしょ?」
「あ……は、はい」
「いい声ね」
麗先生はニコッと笑った。笑顔になると、かわいらしい印象だった。つられて、あたしも笑った。ちょっと恥ずかしいけれど。屋上で歌うところ、知られていたんだ。