特別展のシャガールを観た後、常設展も観賞した。
 見終わるころにはちょうどお昼ごはんの時間帯で、美術館に併設されたカフェでランチをとることになった。屋内席とテラス席がある。
「どっちにする?」
 おにいちゃんの質問に、パッと答えたら。
「外がいい」
 あたしと朝綺の声が、また重なった。朝綺は笑ってたけど、あたしはうまく笑えなかった。
 今日はキレイに晴れてて、秋風が気持ちいい。芝生の庭は広々してる。
 ほんとの屋外って、ぜいたくだ。住宅の庭も学校のグラウンドも近所の公園も、UVカット仕様の強化ガラスで覆われた場所がほとんどだから。
 朝綺はいたずらっぽく目をきらめかせた。
「外出するときに地味にいちばん困るのは、食事なんだぜ」
 おにいちゃんが笑いながらうなずく。
「朝綺の車いすで、たいていの人は察してくれるけど。でも、あれだよな」
「おれの食事介助ってさ、男どうしで『はい、あーん』ってやるようなもんだから。しかも、若いイケメンどうしで」
「絵になるって言われるんだよ。ヘテロのカップルより、ゲイのカップルに対する反応のほうが、なんていうか、こそばゆいほど温かいだろ?」
「違うんだとも言いづらくなるんだよな。違うんだけどさ、マジで」
 ホッとしてる自分に気が付く。おにいちゃんの口からゲイって言葉が出たときに、体がビクッとしてしまった。
 取られたくないっていう気持ちは、一体、誰に対してのものなんだろう?
「じ、じゃあ、あのっ……今日、あ、あたしが食事介助、しようか?」
「へっ?」
 朝綺が、変な声をあげた。そんなにこっち見ないでよ。顔、上げられないじゃない。
「な、なによっ? 文句、あるの? あたしがやれば、あのっ、変な誤解を受けずに、すむ、でしょ……」
 ぷっ、と、おにいちゃんが噴き出した。
「あはははは! 二人とも、表情が最高!」
「お、おにいちゃんっ!」
「いや、ごめん。なあ、朝綺。外食の介助は、これから麗に全部、任せようか?」
「おにいちゃん、調子に乗りすぎ!」
 あたしはおにいちゃんの背中をパシッと叩いた。おにいちゃんは笑いながら席を立った。
「カウンターで料理の注文をしてくる。麗は、日替わりって言ったよな?」
「うん」
「朝綺も、いつもどおり日替わり?」
「いや、オムライスにしとく」
「珍しいな」
「スプーン系のほうが、初心者でも介助しやすい」
 朝綺の口調はびっくりするくらい冷静で、あたしはハッとして朝綺を見た。大人だ、と思った。あたしの思いつきを否定せずに、むしろフォローしてくれてる。
 おにいちゃんは冗談っぽく、朝綺に釘を刺した。
「じゃ、行ってくるけど、麗にちょっかい出すなよ」
「手が出せりゃ、とっくに出してる」
「おい」
 おにいちゃんは、カフェのレジカウンターのほうへ行ってしまった。