朝綺はいたずらっぽく、目をキラキラさせた。
「まあ、あそこまでお堅いゲームになるとは、思ってなかったけど。ガチな倫理審査とか、時間的拘束とかさ。なあ、界人」
「そう? ぼくは、ピアズの規制は、割と緩いほうだと思ってるよ。制限時間はうっとうしいけど、会話には縛りがないし」
「あー、会話関係は緩いほうか。ストーリーもヴィジュアルも、けっこうきわどい部分を許してるよな。アバターの設定も比較的自由だし」
そうね。アバターの容姿が自由だから、あたしはおにいちゃんを見抜けなかった。それは悔しいわ。
あたしは、カチャリと音をたててカップを置いた。
「おにいちゃん、ピアズのこと、なんで黙ってたの?」
「だって、もう運営からは手を引いてるし」
「黙ってることが多すぎるのよ! あのちっちゃいニコルがおにいちゃんだとは思わなかったし! だいたい、なんで、シャリンがあたしだってわかったの!?」
「麗はずっと同じハンドルネームだろ?」
「なんで知ってんのよ! おにいちゃんには、あたしのハンドルネームを教えたことないわよ! 何のゲームデータをのぞいたのっ?」
「え、いやぁ……」
「のぞき魔!」
「言いがかりだよ」
「のぞいたでしょ、シャリンの温泉っ!」
朝綺がニヤッと笑った。
「界人、まだ黙ってることがあるだろ? この際、全部、白状しちゃえよ」
「なにかあったっけ?」
あたしがにらむと、おにいちゃんは両手を挙げた。
朝綺が話を続けた。
「ライセンス料の収入は、ちょっとした額なんだぜ。片割れであるおれが、ぜいたくに暮らしてんだ。ヘルパーサービスを利用しながら、定職にも就かずにさ」
「ええっ? じゃあ、おにいちゃんも本当はそうなの? 働かなくても生活していけるくらい、お金あるのっ?」
おにいちゃんは、ごまかすみたいに笑うだけだった。
ピアズのことは、それきり話題に上らなかった。照れくさいし。やっぱり、切ないし。
それに、あたしは恥ずかしくもある。最後まで真相を知らずにいたから。ニコルがおにいちゃんで、ラフがその親友の朝綺。それがわかってれば、あたしは違うことを話した。別の態度をとった。もっと正直だったかもしれないし、逆だったかもしれない。
おにいちゃんが、ふと言った。
「なんか普通だな」
なにが、と問うあたしと朝綺の声が重なった。思わず、顔を見合わせる。あたしは、パッと目をそらした。前もこんなことがあったかもしれない。ピアズの中で。
おにいちゃんは、くすくす笑った。
「妹が兄の大学時代の親友と初めて会う場面って、往々にして、こんな感じなんだろうな。今この場面ってのは、普通な感じだよな」
朝綺は右のロボットアームで左のアームを指した。
「普通じゃねえよ。おれは、こんなんだぜ」
「いやいや、だからね。朝綺、たまに変ないじけ方をするよな」
「ふん」
「そもそも、ラフの設定だって皮肉が過ぎるよ」
あたしは朝綺に言ってやった。
「ロボットアームがなによ? あたし、自分のこと、けっこう特別な人間だと思ってるの。だから、このあたしを普通と見なすなら、ロボットアームくらい、余裕で普通の範疇だわ」
「麗、いいこと言うね」
おにいちゃんが笑い出した。対照的に、ふてくされた顔の朝綺。ロボットアームがウィィと伸びて、おにいちゃんの手の甲をつねった。
「まあ、あそこまでお堅いゲームになるとは、思ってなかったけど。ガチな倫理審査とか、時間的拘束とかさ。なあ、界人」
「そう? ぼくは、ピアズの規制は、割と緩いほうだと思ってるよ。制限時間はうっとうしいけど、会話には縛りがないし」
「あー、会話関係は緩いほうか。ストーリーもヴィジュアルも、けっこうきわどい部分を許してるよな。アバターの設定も比較的自由だし」
そうね。アバターの容姿が自由だから、あたしはおにいちゃんを見抜けなかった。それは悔しいわ。
あたしは、カチャリと音をたててカップを置いた。
「おにいちゃん、ピアズのこと、なんで黙ってたの?」
「だって、もう運営からは手を引いてるし」
「黙ってることが多すぎるのよ! あのちっちゃいニコルがおにいちゃんだとは思わなかったし! だいたい、なんで、シャリンがあたしだってわかったの!?」
「麗はずっと同じハンドルネームだろ?」
「なんで知ってんのよ! おにいちゃんには、あたしのハンドルネームを教えたことないわよ! 何のゲームデータをのぞいたのっ?」
「え、いやぁ……」
「のぞき魔!」
「言いがかりだよ」
「のぞいたでしょ、シャリンの温泉っ!」
朝綺がニヤッと笑った。
「界人、まだ黙ってることがあるだろ? この際、全部、白状しちゃえよ」
「なにかあったっけ?」
あたしがにらむと、おにいちゃんは両手を挙げた。
朝綺が話を続けた。
「ライセンス料の収入は、ちょっとした額なんだぜ。片割れであるおれが、ぜいたくに暮らしてんだ。ヘルパーサービスを利用しながら、定職にも就かずにさ」
「ええっ? じゃあ、おにいちゃんも本当はそうなの? 働かなくても生活していけるくらい、お金あるのっ?」
おにいちゃんは、ごまかすみたいに笑うだけだった。
ピアズのことは、それきり話題に上らなかった。照れくさいし。やっぱり、切ないし。
それに、あたしは恥ずかしくもある。最後まで真相を知らずにいたから。ニコルがおにいちゃんで、ラフがその親友の朝綺。それがわかってれば、あたしは違うことを話した。別の態度をとった。もっと正直だったかもしれないし、逆だったかもしれない。
おにいちゃんが、ふと言った。
「なんか普通だな」
なにが、と問うあたしと朝綺の声が重なった。思わず、顔を見合わせる。あたしは、パッと目をそらした。前もこんなことがあったかもしれない。ピアズの中で。
おにいちゃんは、くすくす笑った。
「妹が兄の大学時代の親友と初めて会う場面って、往々にして、こんな感じなんだろうな。今この場面ってのは、普通な感じだよな」
朝綺は右のロボットアームで左のアームを指した。
「普通じゃねえよ。おれは、こんなんだぜ」
「いやいや、だからね。朝綺、たまに変ないじけ方をするよな」
「ふん」
「そもそも、ラフの設定だって皮肉が過ぎるよ」
あたしは朝綺に言ってやった。
「ロボットアームがなによ? あたし、自分のこと、けっこう特別な人間だと思ってるの。だから、このあたしを普通と見なすなら、ロボットアームくらい、余裕で普通の範疇だわ」
「麗、いいこと言うね」
おにいちゃんが笑い出した。対照的に、ふてくされた顔の朝綺。ロボットアームがウィィと伸びて、おにいちゃんの手の甲をつねった。