ラフに引っ張られながら、アタシは砂浜を走ってる。ラフの背中で、漆黒の束ね髪が揺れる。ときおり、チラリと振り返る笑顔。
 ロヒアウたち、村の若者のそばを過ぎたとき。
「ひゅーひゅー!」
「お似合いだよ!」
 冷やかしの声が飛んできた。AIのくせに、余計なリアクションしないで!
 コントローラを持つアタシの手が震えてる。なんでこんなにドキドキするの? 手をつないでるのは「あたし」じゃないのに。
 ラフと手をつないでるのは「シャリン」だ。その手のぬくもりが、まぶしい太陽が、「あたし」にはうらやましい。
 ひとけのないヤシの木陰で、ラフは急に足を止めた。体ごと振り返る。手はつながれたままだ。
「なあ、お姫さま。ちょうどアイツが席を外してるから訊くけど」
「アイツって? ニコルのこと?」
「ああ」
「アンタたち、もしかして一緒の場所にいてインしてるの?」
「そーいうこと」
 なにそれ? アンタたち、現実のほうでも友達ってこと? アタシだけがひとりぼっちなの?
「……ずるい……」
「え? 何て言った?」
「別に」
 ラフは早口になってささやいた。
「お姫さまってフリーだよな?」
「は? な、なに言ってんのよっ? ふ、フリーに決まってるでしょ! なんでそんなこと訊くのよっ?」
「えー、いや、現実とこっちで別々の相手がいたらトラブるだろ。だから、手ぇ出す前に確認するのが、礼儀というか筋というか」
「なっ……」
 手ぇ出す前に? つまり、ラフはアタシのこと……?
「言っちまえば、最初っからアプローチかけてたようなもんだけどさ。賭け、やったじゃん? 最初のモオキハ戦の、クォーターミニッツの。覚えてる?」
「お、覚えてる、けど」
「あの件さ、どうなのかなって」
「ど、どうって訊かれても」
「こっちの世界が仮面みたいなもんだっていってもさ、やっぱ『中の人』的には、シャリンだって自分自身なわけだろ? だから、あの賭け……って、あー、残念。タイムアウトだ」
「は?」
「悪ぃ、今の話、ナシだ。忘れてくれ」
「な、なによ、むちゃくちゃよ! どういうこと? ニコルがそこに戻ってきたの? アタシには関係ないわ。中途半端はやめて。なんなのよ、もうっ!」
 アタシはラフの手を振り払った。結局、アタシは遊ばれてるの? 最初っからナンパなヤツとは思ってたけど。
 アタシはラフを置いて立ち去ろうとした。
「ちょい待て」
「なによ?」
 ラフが両手でアタシの両肩をつかんだ。有無を言わさず向き合わされて、アタシたちは真正面から見つめ合う。
「あー、もう、了解了解……っとに、この腹黒」
「え?」
「すまん、現実サイドの話。シャリンのことじゃなくて」
「アタシに意味が通じるように話して」
「うん、わかってっから」
 ラフが深呼吸するのが、PCのスピーカから聞こえた。
「あのな、シャリン。今の状況、オレにとっちゃ公開処刑なんだけど、言うよ。でも、決定打を出す気はもともとないぜ。画面越しなんて、アンフェアだろ? ちょっとな、例の賭けの有効性を確認しときたいだけだからな。だから、その……」
 言い訳を並べるラフのCGは、赤くなったりなんかしない。でも、その向こう側にはきっと、ほっぺたを紅潮させた誰かが存在している。
 胸のドキドキが、マイクに拾われてしまいそう。アタシは、できるだけ落ち着いた声で応えた。
「なによ?」