太古の名もなき村からフアフアの村に戻って、ヒイアカにホクラニを渡して、残るミッションはあと一つになった。
 アタシたちはぶらぶらと村を歩いている。ラフは右頬の傷のあたりをポリポリ掻いた。
「このステージ、過疎ってるよな。一回もミッション待ちしたことないじゃん。というか、フアフアの村で別のユーザーに出会いもしないってさ、かなりのもんだぜ、過疎レベル」
 ステージ内での拠点は、同じステージにいるユーザ全員との共有空間だ。ホヌアでは、フアフアの村がそれに当たるんだけど。
 共有空間では、ユーザどうしのコミュニケーションがとれる。会話やトレード、ピア・パーティの結成や解散とか。
 いきなりログインポイントで出会ったアタシたちはレアケースで、普通は共有空間で別のユーザと出会う。
 ミッション中の旅先、例えばダンジョンの中なんかでは、別のユーザと出会わない仕組みになってる。一つのミッションにつき三十個のパラレルワールドが設定してあって、一つのパーティにつき一つのパラレルワールドが貸与されるから。
 通常、ミッションへの参加申請が受理されるまでには待ち時間が発生する。ステージの共有空間にはミニゲームが用意されてて、待ち時間中はミニゲームで暇つぶしができる。
 でも、ホヌアではミッション待ちが発生しない。管理部に参加申請を送ると、あっという間に受理の通知が来る。アタシたちは今まで、ものすごくスムーズにミッションを進めてきた。
「だって、ホヌアはアタシが選んだステージだもの。アタシ、待つのが嫌いなの。ステージ選びの基準は待ち状況よ。過疎ってるステージが好きなの」
 ニコルは眉をハの字にした。お人好しな笑顔。
「北欧神話系やケルト神話系のステージは人気が高くて、大混雑だもんね」
「オレはこのホヌアってステージ、かなり好きだぜ。キャラの露出度高いし」
「バカ。そればっかりね、アンタって」
 ニコルは人差し指をピンと立ててみせた。
「ホヌアのモチーフは、太平洋の島々に伝わる神話だよ。元ネタの知名度が低いぶん、ユーザの間ではマイナーなんだよね。ボクはむしろマイナーな神話のほうが好みだから、ホヌアはすごく楽しいよ」
「ふぅん。ニコルは変なとこで物知りよね」
 笑顔のニコルは小首をかしげた。
「それで、この後どうする? 次のミッションの参加申請、すぐ送っちゃう?」
 アタシは、答えられなかった。
 名もなき村の戦いではいいところなしだった。早く挽回したい。でも、次のミッションは、最後のミッションだ。それをクリアしてしまったら、ラフやニコルとのピアを解消する約束になってる。あたしはまだこのままでいたいのに。
 突然、ラフが右手を挙げた。
「はいはい! お姫さまとニコルに提案! オレ、シナリオ書きたいんだけど、ダメかな?」
 オンラインRPG『PEERS’ STORIES《ピアズ・ストーリーズ》』の特徴の一つに「オリジナルシナリオ」がある。ユーザが書いたシナリオをゲームに反映できるシステムだ。
 著者であるユーザは、シナリオをピアズの管理部に送って、許可を求める。倫理面と技術面の基準をクリアしたら、OK。シナリオに基づいたオリジナルのミッションをプレーできる。
 わざわざシナリオを書くなんてめんどくさいってアタシは思うけど、案外、オリジナルシナリオをやるユーザが多いみたい。中には、シナリオの著者として有名になってるユーザもいる。
「ラフがシナリオを書くの?」
「アイディアはもう持ってて、プロットは作ってある」
「どんな内容?」
「秘密」
「変な内容じゃないでしょうね?」
 シナリオの内容で特に多くて人気なのは、結婚らしい。ユーザがゲームの中で知り合って、好き合うようになって、ゲームの中で結婚するんだって。
 ほかには、ユーザの誕生日とか引退式とか。冒険とは違う日常生活っぽいシナリオがよくあるみたい。
「大丈夫だよ。まともな内容だって保証する」
「まあ、いいわ。アタシ、シナリオやったことないし」
「ボクもオッケーだよ」
「サンキュ。じゃあ、仕上げて申請する。それまで待ちになるけど、いいよな?」
 時間がかかるんなら、むしろありがたい。ニコルがマップを表示した。
「そうと決まれば、時間つぶし。ホヌアの南側には火山があるでしょ。そこを舞台にしたボーナスイベント、行ってみない?」
 ピアズにはときどき、こういうボーナスイベントがある。ミニゲームとは別の、もっと手の込んだもの。
 わざわざ用意されてるんじゃなくて、残ってしまってるんだって。開発中に何かの事情で本筋のミッションから外れちゃったエリアが、ボーナスイベントとして解放されてるの。
 そういうことを教えてくれたのは、ラフだった。ラフはピアズの裏事情にかなり詳しい。アンタは何者なのって尋ねても、はぐらかされちゃうけど。
「じゃあ、行こうぜ」
 ラフがニコルの肩を叩く。そして、アタシに笑いかける。黒髪、日焼けした肌、右頬の傷。嫌が応にも目に入る呪いの紋様。
「ラフ、アンタ、今回は呪いを使わないでよ。ボーナスなら、そこまでヤバい敵も出ないはずでしょ」
「わかってるわかってる。無理はしねえよ。のんびり火山見物してこようぜ」
 解像度の高い、端正な笑顔。その向こうにいるはずの、クレイジーな誰か。
 どうして呪いなんか設定したの? アタシはアンタの本物の感情に触れてみたい。