螺旋階段を駆け下りて、中庭に続く扉に突進した。手のひらをプレートにかざす。おかしい。掌紋認識の電子キーが解除されない。
 背後で声がした。
「風坂さん、中庭には出ないでと言ったはずよ。その扉は主電源を落としてあるわ」
 あたしは振り返った。柱の陰から、静世が出てきた。
「暇そうね」
「ええ、今日は授業がないのよ。例のネコの件、騒ぎになっているの。黒曜館にいてはわからないでしょうけど。一瞬で校内に噂が広まって、大変なのよ」
「そこどいて」
「どこへ行くの?」
「関係ないでしょ」
「わたしは、風坂さんの動向を見ておくように指示されているの」
「家に帰る。どいて」
 静世は神経質そうにメガネの角度を直した。
「葉鳴さんは上にいるのね? 二人で何を話していたの?」
「別に」
 静世は目を細めた。
「葉鳴さんがあなたを心配していたわ。あなたは孤独すぎる、と。確かにそうね」
「孤独?」
「ストレスがたまっているでしょう? 特異高知能者《ギフテッド》のカリキュラムは大変だもの。どうやってストレスを発散しているの? 先生に教えてくれない?」
「……何が、言いたいの?」
「あなたの居室に、首のないぬいぐるみが転がっていたわ。風坂さんは、ナイフを使うのが好きなのかしら? あのぬいぐるみは、今朝のネコのための予行練習だったの?」
 あたしは一瞬、めまいがした。急速に頭に血が上ったせいだ。
「あ、あんたは、あた……あたしが、あんな低俗なことを、やったと、い言いたいのっ?」
「そんなことないわよ。特異高知能者《ギフテッド》である風坂さんの考えは高尚よね。わたしには想像もつかないの。ゆっくり話す時間をもらえないかしら?」
 メガネの奥の冷ややかな笑み。圧倒的な敵意。
 来ないで。あたしに近寄らないで。
 怖い。
 静世はゆっくり、あたしのほうへやって来る。あたしは足がすくんでる。
 イヤだ。
 静世の手があたしの肩に触れようとする。
 イヤだ!
 寸前で、あたしの体が動いた。あたしは静世の手を振り払った。
「待ちなさい、風坂さん!」
 あたしは駆け出した。回廊を走って、廊下を走って、黒鋼の校門を抜けて、広すぎる敷地を抜けて、町の中を走って走って走った。
 家に飛び込むまで、足を止めなかった。