アリィキハの居場所は、長がヒントをくれた。
「里の北西にある森を目指せ。ワシがアリィキハと戦ったのは、その森のそばだった。近くまで行けば、アリィキハの足跡をたどれるはずだ」
アタシたちは森に入った。
アリィキハの爪痕はすぐに発見できた。大木の幹が深くえぐられている。薙ぎ倒された木もある。どんだけデカいのよ、こいつ?
クラは松明で森の奥を指した。
「縄張りを主張するための爪痕でしょう。足跡は森の奥へと続いています。行きましょう」
途中でバトルが発生した。
クラは攻撃手段を持ってないけど、傷や毒を治す呪術を使える。畑仕事に鍛えられてるからスタミナはある。敏捷性も低くはないし、まるっきり役立たずってわけじゃないみたい。
アリィキハが作った道は一直線だった。森の奥へ奥へ、アタシたちは進んだ。
そして、森が切り拓かれた場所にたどり着いた。村の廃墟だった。雑草が生えた荒れ地。あちこちに、建物の柱の跡が遺されている。
クラは松明を掲げて四方を見回した。呆然とつぶやく。
「ワタシがかつて暮らしていた里です……こんなに近い場所だっただなんて……」
風が渡った。森がざわめいた。風に押されてクラはよろめいた。松明が土に落ちた。炎が弱くなって、でも燃え続けて、やがて消えた。
満月の明かりが廃墟を照らしてて、不気味だった。
ふと声が響いた。
「クラ、オマエは弱い。この場所に来れば、心が揺らぐに決まってる。ただでさえ戦い方を知らないってのに、そんなふうにボーッとしてんじゃ、ますます邪魔だ」
女の声、だった。
クラはハッと顔を上げた。
「イオねえさま!」
ラフとニコルがのけぞった。
「ええっ? イオって、女なのか?」
アタシは驚かないわよ。やっぱりねって感じ。
プア・メリアの木のそばでクラが見せた表情は、切なそうで、寂しそうで。あれは、ロマンスの気配だった。
よくあるシナリオだもの。アタシもそのあたりは推測できるようになった。
でも、ラフとニコルが驚くのは仕方ないか。あの会話イベントを見逃したんだし。
木立の間から現れたのは、野性味あふれる美女だった。女の人としては、背が高い。威圧的なくらいの巨大なバスト。胸と腰をほんのちょっと覆っただけの格好。太ももにベルトを巻いて、幅広の短刀を装備している。筋肉質な体つきをした女戦士だ。
ラフが無神経に口笛を鳴らした。アタシはラフの足を踏んづけた。
「痛ぇな」
「いちいち気に障るのよ」
「妬くなって」
「ぶっ飛ばされたい?」
女戦士イオは、背中の後ろに回していた右手を前に出した。輝く球体が、イオの右手にある。満月みたいな光。ホクラニ、神々《アクア》の星だ。
静かな風が、光るホクラニから起こっている。風と光を受けるイオの黒髪がそよいでいる。
「オマエたち、命が惜しかったら立ち去りな。はぐれ者のアリィキハが、じきにここへやって来る。やつを誘うため、メスのモオキハの血を森の木々に塗りつけてきた」
モオキハの血?
ピアズはグラフィックとサウンドだけの世界だ。匂いはユーザには伝わらない。もしも匂いまでが感じられるなら、と想像して、アタシは気持ち悪くなった。森から廃墟までの間、モオキハの血の匂いに満ちてたはずだなんて。
キシャァァァッ!
突然、咆吼が夜の空気をつんざいた。
パラメータボックスに“WARNING!”と、赤い文字が躍った。アタシと相手との体積比は計測不能。やっぱり、よっぽどデカいんだ、アリィキハって。
ニコルはローブの袖から杖を取り出した。ぶん、と一振り。杖がバトルモードのサイズになる。
「逃げる暇なんてなさそうだよね」
イオが舌打ちした。
「もう来たのか」
そういう設定でしょ? でも、切羽詰まって闇をにらむイオのCGは、ゾクッとするほどキレイだ。
ホクラニの輝きを、イオは見つめた。思い詰めた表情。イオは、ホクラニ、胸元に寄せた。
オヘのホクラニもそうだった。胸の真ん中に入り込んでいて、オヘを狂わせてた。
って、ちょっと待って! イオまで正気じゃなくなったら、ボスが二体になる!
飛び出そうとしたアタシより先に、動いた人影がある。クラがイオの右の手首をつかんだ。
「おやめください! 人の子が神々《アクア》の力を操れるはずもありません! ホクラニに身を委ねては、ねえさまが壊れてしまいます!」
「アタイがどうなろうと、かまわない! あの化け物を倒さなけりゃ、ネネの里が危ない」
「いいえ。ねえさまがおられなければ、ネネの将来はありません」
「長の地位はオマエが継げばいい!」
「戦い方を知らないワタシは里を守れません。里にはアナタが必要です」
「手を離せ、バカ!」
空いたほうの左手で、イオはクラの頬を叩いた。クラは少しよろめいた。でも、イオの手を離さない。
キシャァァァッ!
地響きが迫ってきた。森が悲鳴をあげている。眠っていたはずの鳥たちが一斉に飛び立った。
巨大な頭が木立を薙ぎ倒しながら、廃墟のフィールドに現れた。続いて、全身が出てくる。毒々しいピンク色の喉首。鈎爪を持つ四肢。
アリィキハだ。
「あっ! クラ、オマエ何をする!」
イオが叫んだ。アリィキハに気を取られた隙に、クラが動いてたんだ。イオの手から、ホクラニを奪っていた。
「ニコルさま、ホクラニをお預けします!」
クラはホクラニを投げた。正確なコントロール。ニコルはキャッチして、ポーチに落とし込む。
アタシとラフは、同時に剣を抜いた。
「里の北西にある森を目指せ。ワシがアリィキハと戦ったのは、その森のそばだった。近くまで行けば、アリィキハの足跡をたどれるはずだ」
アタシたちは森に入った。
アリィキハの爪痕はすぐに発見できた。大木の幹が深くえぐられている。薙ぎ倒された木もある。どんだけデカいのよ、こいつ?
クラは松明で森の奥を指した。
「縄張りを主張するための爪痕でしょう。足跡は森の奥へと続いています。行きましょう」
途中でバトルが発生した。
クラは攻撃手段を持ってないけど、傷や毒を治す呪術を使える。畑仕事に鍛えられてるからスタミナはある。敏捷性も低くはないし、まるっきり役立たずってわけじゃないみたい。
アリィキハが作った道は一直線だった。森の奥へ奥へ、アタシたちは進んだ。
そして、森が切り拓かれた場所にたどり着いた。村の廃墟だった。雑草が生えた荒れ地。あちこちに、建物の柱の跡が遺されている。
クラは松明を掲げて四方を見回した。呆然とつぶやく。
「ワタシがかつて暮らしていた里です……こんなに近い場所だっただなんて……」
風が渡った。森がざわめいた。風に押されてクラはよろめいた。松明が土に落ちた。炎が弱くなって、でも燃え続けて、やがて消えた。
満月の明かりが廃墟を照らしてて、不気味だった。
ふと声が響いた。
「クラ、オマエは弱い。この場所に来れば、心が揺らぐに決まってる。ただでさえ戦い方を知らないってのに、そんなふうにボーッとしてんじゃ、ますます邪魔だ」
女の声、だった。
クラはハッと顔を上げた。
「イオねえさま!」
ラフとニコルがのけぞった。
「ええっ? イオって、女なのか?」
アタシは驚かないわよ。やっぱりねって感じ。
プア・メリアの木のそばでクラが見せた表情は、切なそうで、寂しそうで。あれは、ロマンスの気配だった。
よくあるシナリオだもの。アタシもそのあたりは推測できるようになった。
でも、ラフとニコルが驚くのは仕方ないか。あの会話イベントを見逃したんだし。
木立の間から現れたのは、野性味あふれる美女だった。女の人としては、背が高い。威圧的なくらいの巨大なバスト。胸と腰をほんのちょっと覆っただけの格好。太ももにベルトを巻いて、幅広の短刀を装備している。筋肉質な体つきをした女戦士だ。
ラフが無神経に口笛を鳴らした。アタシはラフの足を踏んづけた。
「痛ぇな」
「いちいち気に障るのよ」
「妬くなって」
「ぶっ飛ばされたい?」
女戦士イオは、背中の後ろに回していた右手を前に出した。輝く球体が、イオの右手にある。満月みたいな光。ホクラニ、神々《アクア》の星だ。
静かな風が、光るホクラニから起こっている。風と光を受けるイオの黒髪がそよいでいる。
「オマエたち、命が惜しかったら立ち去りな。はぐれ者のアリィキハが、じきにここへやって来る。やつを誘うため、メスのモオキハの血を森の木々に塗りつけてきた」
モオキハの血?
ピアズはグラフィックとサウンドだけの世界だ。匂いはユーザには伝わらない。もしも匂いまでが感じられるなら、と想像して、アタシは気持ち悪くなった。森から廃墟までの間、モオキハの血の匂いに満ちてたはずだなんて。
キシャァァァッ!
突然、咆吼が夜の空気をつんざいた。
パラメータボックスに“WARNING!”と、赤い文字が躍った。アタシと相手との体積比は計測不能。やっぱり、よっぽどデカいんだ、アリィキハって。
ニコルはローブの袖から杖を取り出した。ぶん、と一振り。杖がバトルモードのサイズになる。
「逃げる暇なんてなさそうだよね」
イオが舌打ちした。
「もう来たのか」
そういう設定でしょ? でも、切羽詰まって闇をにらむイオのCGは、ゾクッとするほどキレイだ。
ホクラニの輝きを、イオは見つめた。思い詰めた表情。イオは、ホクラニ、胸元に寄せた。
オヘのホクラニもそうだった。胸の真ん中に入り込んでいて、オヘを狂わせてた。
って、ちょっと待って! イオまで正気じゃなくなったら、ボスが二体になる!
飛び出そうとしたアタシより先に、動いた人影がある。クラがイオの右の手首をつかんだ。
「おやめください! 人の子が神々《アクア》の力を操れるはずもありません! ホクラニに身を委ねては、ねえさまが壊れてしまいます!」
「アタイがどうなろうと、かまわない! あの化け物を倒さなけりゃ、ネネの里が危ない」
「いいえ。ねえさまがおられなければ、ネネの将来はありません」
「長の地位はオマエが継げばいい!」
「戦い方を知らないワタシは里を守れません。里にはアナタが必要です」
「手を離せ、バカ!」
空いたほうの左手で、イオはクラの頬を叩いた。クラは少しよろめいた。でも、イオの手を離さない。
キシャァァァッ!
地響きが迫ってきた。森が悲鳴をあげている。眠っていたはずの鳥たちが一斉に飛び立った。
巨大な頭が木立を薙ぎ倒しながら、廃墟のフィールドに現れた。続いて、全身が出てくる。毒々しいピンク色の喉首。鈎爪を持つ四肢。
アリィキハだ。
「あっ! クラ、オマエ何をする!」
イオが叫んだ。アリィキハに気を取られた隙に、クラが動いてたんだ。イオの手から、ホクラニを奪っていた。
「ニコルさま、ホクラニをお預けします!」
クラはホクラニを投げた。正確なコントロール。ニコルはキャッチして、ポーチに落とし込む。
アタシとラフは、同時に剣を抜いた。