あたしは部屋にカバンを投げ出して、制服を脱ぎ捨てた。Tシャツとショートパンツに着替える。あたしの自慢は、すらっとした手足。胸とお尻のボリュームはあんまりないけど。
 鏡をのぞけば、おにいちゃんと似た顔がこっちを見返してくる。でも、おにいちゃんとは正反対の、不機嫌な表情。
 広めの額。すんなりした鼻筋。小造りな口とあご。
 目元は、あたしとおにいちゃんで印象が違う。あたしは母親似の華やか系。おにいちゃんは父親譲りの涼しげ系。
 おにいちゃんは、顔立ちはクールだ。でも、笑い方が優しい。向かい合った人が思わず肩の力を抜いてしまうような、お人好しの温かい笑顔。
 昔からおにいちゃんは穏やかだった。でも、ここまで優しくなったのは、ヘルパーになってからだ。
「今、五時ね。ラフやニコルとの約束までには、あと三時間もある。先にシャワー浴びて、ごはんも食べちゃうかな」
 キッチンでは、おにいちゃんが慌ててた。
「夜勤、六時からなんだ。これじゃギリギリだよ。麗、頼みがある。洗濯物、取り込んどいてもらえる?」
「わかった」
「助かるよ。ぼくのぶんは畳まなくてもいいから」
「うん」
 おにいちゃんは洗濯物にこだわる。ほんとは別々に洗濯するほうがいいって言う。おにいちゃんはあたしの下着を洗ったり干したりしたくないって。あたしは気にしないのに。
 家事はおにいちゃんにやってもらいたい。できないわけじゃないけど、どんなタイミングで何をすればいいか、あたしはうまく見極められないから。その結果、家じゅうが散らかり放題になるから。
 洗濯物に関しては、議論が平行線。あたしは、おにいちゃんの下着も平気。所詮はモノでしょ。裸を見ることや見られることはタブーだと思うけど、ただのモノにまでタブーがあるって理解できない。
 こういうこと、ときどきある。あたしが理解できないこと。あたしの、普通じゃない部分。
 まわりとあまりにも感覚が違うと、いずれ困ることが出てくるだろうって、おにいちゃんは言う。
 あたしが納得するまで、おにいちゃんは説明を続ける。もともと、おにいちゃんは工学部でプログラミングをしてた。そのおかげで、おにいちゃんの説明は論理的だ。ついでに、バグったプログラムと延々にらめっこすることに慣れてたから、すごく我慢強い。
「じゃあ、行ってくる! 麗、戸締まりには気を付けろよ」
「わかった」
「あと、ピアズをやるときは、部屋を適度に明るくして、目の負担を減らすように気を付けて」
「わかったってば」
「それと、食器の片付けは……」
「いいから、さっさと行きなさいよ!」
 おにいちゃんはにこりとして手を振った。すらっとした、長い指。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 あたしはまず洗濯物を取り込んだ。自分のぶんだけを畳んで、タンスにしまう。それから、シャワーを浴びた。
 おにいちゃんがいないときには、遠慮なく下着で過ごせる。この部屋は旧式マンションの最上階で、構造的に熱がこもりやすい。秋の夜でも、下着でちょうどいい。
 夕食のメニューはオムライスだった。ふわとろ卵は、完全無欠な黄金色。それと、温野菜サラダと、冷製カボチャスープ。
「将来、おにいちゃんを家政夫として雇おうかしら」
 おにいちゃんがいたら、いろいろ便利だから。それなら、あたしもこの世界で、やっていける気がするから。