三時間は一瞬だった。入力終了のアナウンスが表示されて、PCがシャットダウンする。
「よっし、終わったー」
あたしは思いっきり伸びをした。
そのはずみで、つま先で何かを蹴飛ばした。
「え?」
立ち上がって床を見る。首のないピンク色のぬいぐるみがひっくり返っている。
あたしはぬいぐるみを拾って机の上に座らせた。そして、カバンをつかんで小部屋を抜け出す。
与えられたノルマは終わらせた。下校時刻まで、あたしは自由だ。お昼のお弁当はちょっとマシな場所で食べる。
同級生たちがどんな一日を過ごしているのか、あたしは知らない。下校の時刻だけ知ってる。まわりが帰るタイミングを合わせて、あたしも下校する。
「麗も部活に入りなよ」
そんなふうに、入学前、おにいちゃんに勧められた。おにいちゃんは、高校時代の演劇部がすごく楽しかったらしい。
でも、あたしが部活に入ることは静世に禁止された。
「風坂さんの活動を、ほかの生徒に知られてはならないの。理解してね」
わかってるわよ。なれ合うつもりなんか、さらさらないんだから。
黒曜館には塔がある。校舎の中でもいちばん北にあるから「北塔」って名前だ。
初め、塔の入り口は電子キーで閉ざされていた。パスワードの解析をしてみたら、あっさり煙を上げてロックが解除された。それ以降、鍵はかけられていない。
北塔は六角柱の形をしてる。一階から最上階の六階までほとんどの部屋が書庫で、二十世紀に収集された物理学関係の資料がたくさん眠ってる。研究報告書から一般向けまで、いろいろ。暇つぶしに読むにはもってこいだ。
あたしは息を弾ませて、吹き抜けの螺旋階段を駆け上がる。学校の中であたしが唯一好きな場所は、最上階の「天球室」だ。
天球室は、一昔前までは、プラネタリウムとして利用されてたみたい。壁と天井はドーム型で、UVカット仕様の強化ガラス製。遮光幕を引っ込めたら、天球室には空色の光が満ちる。
天球室の真ん中に大机が一つ、ぽつりと置かれている。大机の裏には「天文部は永久不滅」と丸文字で書いてあった。二十五年前の日付と一緒に。
当時の部員の名前が五人ぶん。その中に、あたしの母親の名前がある。
あたしは大机に腰掛ける。カバンを投げ出して革靴を脱ぎ散らして仰向けに倒れた。
「空が近い」
この場所でこうして寝転んでると、まるで空に浮いてるみたいだ。
無意識のうちに、あたしは右手の親指に噛みついてる。半端に開いた口から、ため息があふれる。
なんて無意味な日常。
特異高知能者《ギフテッド》のカリキュラムは、家族にさえ漏らしちゃいけない。そんなふうに釘を刺されてる。
漏らすはずがない。あたしはただのモルモットだなんて、言えるはず、ないじゃない。
感情を閉ざしていなければ、心が壊れてしまう。
普通だったらよかったのに、と思ったことはない。普通だったら、あたしがあたしでなくなる。
「負けるもんか」
どんなに屈辱でも、プライドを守り通したい。あたしは負けない。
「よっし、終わったー」
あたしは思いっきり伸びをした。
そのはずみで、つま先で何かを蹴飛ばした。
「え?」
立ち上がって床を見る。首のないピンク色のぬいぐるみがひっくり返っている。
あたしはぬいぐるみを拾って机の上に座らせた。そして、カバンをつかんで小部屋を抜け出す。
与えられたノルマは終わらせた。下校時刻まで、あたしは自由だ。お昼のお弁当はちょっとマシな場所で食べる。
同級生たちがどんな一日を過ごしているのか、あたしは知らない。下校の時刻だけ知ってる。まわりが帰るタイミングを合わせて、あたしも下校する。
「麗も部活に入りなよ」
そんなふうに、入学前、おにいちゃんに勧められた。おにいちゃんは、高校時代の演劇部がすごく楽しかったらしい。
でも、あたしが部活に入ることは静世に禁止された。
「風坂さんの活動を、ほかの生徒に知られてはならないの。理解してね」
わかってるわよ。なれ合うつもりなんか、さらさらないんだから。
黒曜館には塔がある。校舎の中でもいちばん北にあるから「北塔」って名前だ。
初め、塔の入り口は電子キーで閉ざされていた。パスワードの解析をしてみたら、あっさり煙を上げてロックが解除された。それ以降、鍵はかけられていない。
北塔は六角柱の形をしてる。一階から最上階の六階までほとんどの部屋が書庫で、二十世紀に収集された物理学関係の資料がたくさん眠ってる。研究報告書から一般向けまで、いろいろ。暇つぶしに読むにはもってこいだ。
あたしは息を弾ませて、吹き抜けの螺旋階段を駆け上がる。学校の中であたしが唯一好きな場所は、最上階の「天球室」だ。
天球室は、一昔前までは、プラネタリウムとして利用されてたみたい。壁と天井はドーム型で、UVカット仕様の強化ガラス製。遮光幕を引っ込めたら、天球室には空色の光が満ちる。
天球室の真ん中に大机が一つ、ぽつりと置かれている。大机の裏には「天文部は永久不滅」と丸文字で書いてあった。二十五年前の日付と一緒に。
当時の部員の名前が五人ぶん。その中に、あたしの母親の名前がある。
あたしは大机に腰掛ける。カバンを投げ出して革靴を脱ぎ散らして仰向けに倒れた。
「空が近い」
この場所でこうして寝転んでると、まるで空に浮いてるみたいだ。
無意識のうちに、あたしは右手の親指に噛みついてる。半端に開いた口から、ため息があふれる。
なんて無意味な日常。
特異高知能者《ギフテッド》のカリキュラムは、家族にさえ漏らしちゃいけない。そんなふうに釘を刺されてる。
漏らすはずがない。あたしはただのモルモットだなんて、言えるはず、ないじゃない。
感情を閉ざしていなければ、心が壊れてしまう。
普通だったらよかったのに、と思ったことはない。普通だったら、あたしがあたしでなくなる。
「負けるもんか」
どんなに屈辱でも、プライドを守り通したい。あたしは負けない。