オヘが持つホクラニは「戦神《クー》の星」と呼ばれる。戦神《クー》がホヌアの夜を支配する上弦の月のころ、最も強い力を発揮する。
シダ、ツタ、アコウ、ヤドリギ。そのほかたくさんの植物が生い茂っている。その全部がやたらと巨大だ。
ここは熱帯雨林。ホヌアの南側一帯に、うっそうとしたジャングルが広がっている。
先陣を切るニコルが杖を掲げる。植物がワサワサと動いて、勝手に道を空けた。ニコルの使役魔法だ。かなり強力みたい。
「ボクの魔力は植物系に特化してるんだ。なかでも、使役魔法は最高レベルまで修得してる。だから、こういう森のエリアでは、ボクは無敵だよ」
ニコルはフキの葉を椅子にして座ってるんだけど、そのフキの茎は二股に分かれて脚になって、すたすた走ってる。
隊列の順番は、アタシがニコルの後ろ。アタシの後ろにラフ。森の奥へ奥へと、アタシたちは進む。
ラフが笑った。
「やっぱ、ひっでぇよな、ニコルって。このエリア、ほんとは、アクション要素満載の迷路型ダンジョンだぜ。それをニコルのやつ、まっすぐ切り開いてくんだから。ダンジョンを設計したプログラマは、きっと今ごろ涙目だ」
アタシは小首をかしげた。っていう動きは、画面には再現されなかった。
「でも、ニコルって、ステータスは相当な傾斜配分よね? これだけ強力な使役魔法を持ってるんだから、ツケも相当じゃない? 体力も腕力も皆無でしょ」
「うん。体力は自信ないなあ。このクラスのボスにぶん殴られたら、一発で戦闘不能かもね。腕力は一応、魔法使いキャラの平均値くらいかな。杖の重量もゼロではないから。シャリンの剣なら、ギリギリ装備できると思う」
「何にせよ、ひ弱の非力には変わりないわね」
ニコルが緊張感のない声で警告した。
「あ、前方にモンスター発見~」
虫や鳥の姿のモンスターだ。ただし、サイズはアタシの身長より大きい。
ニコルは杖を伸ばして、手近なツタに触れた。ツタは、するすると伸びてモンスターに絡みつく。狙いは羽や翼だ。ツタにまとわりつかれて、モンスターが動きを止める。
「行くわよ、ラフ!」
「おう!」
アタシは剣を抜いた。ラフは、ブーツに隠した短刀を取り出した。背中の双剣を振るうには、バトルフィールドが狭すぎるから。
動きを封じられたモンスターに、あっさり、とどめを刺す。バトルはあっという間だった。
アタシは剣を鞘に収めて髪を払った。これ、アタシのお気に入りの勝利モーション。
「ニコルがいると、便利ね」
「でしょ。形勢がマズいときには二人の後ろに隠れるから、そのときはよろしくね」
「はいはい」
雑談しながら歩いていく。
ニコルは、かわいらしい見た目どおり、人当たりがいい。軽い話し方のラフは、ときどきムカつくけど、悪いやつじゃないみたい。
「アンタ、変わった名前を使ってんのね」
「オレのこと?」
「そう、アンタよ。ラフ・メイカーだなんて」
「二十一世紀の初めごろに流行った懐メロのタイトルだよ。親父のミュージックポッドから発掘して、気に入った曲なんだ。で、シャリンの名前の由来は?」
「ゲームでは必ず沙鈴《シャリン》ってハンドルネームを使うの。深い意味はないわ。好きな字を重ねただけ」
ニコルが、アタシを振り返る。
「ボクたち、シャリンの名前を知ってたんだよ。コロシアムモードに記録が残ってるからね。いつも一人でステージをクリアしてるでしょ。すごいなって思ってた」
「ひょっとして、アンタたちがホヌアを選んだ理由って、アタシがここに入ったことを知ったからなの?」
ニコルはちょっと笑って前を向いた。ラフがアタシの後ろ側から答えた。
「前のステージの終盤で追いついたんだ。お姫さまは気にも留めてなかっただろうけど、こっちはアンタに興味があったからさ、ステージを移るタイミングを揃えて、声かけさせてもらった」
「興味があったって……な、なによ、それ?」
「ん? 言葉のとおりそのままの意味だけど?」
「こ、このストーカー!」
「まあ、追っかけをやったことは否定しない。いやな思いをさせたなら謝る。すまん」
サクッと謝らないでよ。調子狂う。
「べ、別に、今さら、もうどうでもいいわよ。とにかくっ、アタシの足を引っ張ったら許さないわよ! すぐピアを解消してアンタたちを置いていくんだからねっ」
「はいはい。お姫さまに置いていかれないように精進するよ。ところで、ニコル。時間、そろそろだろ?」
ラフが言う時間っていうのは、現実での時間のこと。
今日は、一緒に行動するようになって二日目だ。待ち合わせは、熱帯雨林の入り口だった。ラフとニコルのほうがアタシより先に来ていた。
ニコルはパラメータボックスを開いた。
「うわっ、ヤバい! 残り三分を切ってる!」
「そうなの? アタシはあと二十五分くらいあるけど」
「今日はボクだけ早めにログインしてたんだ。先に入って設定をいじらなきゃいけなかったから。中途半端だけど、ボクはこのへんで落ちるしかないね」
「ニコルがいないと、道が面倒くさくなるわ。アタシたちも今日はここで足止めね」
「ごめん。シャリンは明日も入れる?」
「入れるわ」
「じゃあ、午後八時ログインってことで集合しよう。ここをポイントにするけど、買い物とか大丈夫?」
「了解よ。変更があったら、サイドワールドでメッセージを送って」
「オッケー。バイバイ、シャリン。また明日」
ニコルは手を振って、ふっと消失した。
シダ、ツタ、アコウ、ヤドリギ。そのほかたくさんの植物が生い茂っている。その全部がやたらと巨大だ。
ここは熱帯雨林。ホヌアの南側一帯に、うっそうとしたジャングルが広がっている。
先陣を切るニコルが杖を掲げる。植物がワサワサと動いて、勝手に道を空けた。ニコルの使役魔法だ。かなり強力みたい。
「ボクの魔力は植物系に特化してるんだ。なかでも、使役魔法は最高レベルまで修得してる。だから、こういう森のエリアでは、ボクは無敵だよ」
ニコルはフキの葉を椅子にして座ってるんだけど、そのフキの茎は二股に分かれて脚になって、すたすた走ってる。
隊列の順番は、アタシがニコルの後ろ。アタシの後ろにラフ。森の奥へ奥へと、アタシたちは進む。
ラフが笑った。
「やっぱ、ひっでぇよな、ニコルって。このエリア、ほんとは、アクション要素満載の迷路型ダンジョンだぜ。それをニコルのやつ、まっすぐ切り開いてくんだから。ダンジョンを設計したプログラマは、きっと今ごろ涙目だ」
アタシは小首をかしげた。っていう動きは、画面には再現されなかった。
「でも、ニコルって、ステータスは相当な傾斜配分よね? これだけ強力な使役魔法を持ってるんだから、ツケも相当じゃない? 体力も腕力も皆無でしょ」
「うん。体力は自信ないなあ。このクラスのボスにぶん殴られたら、一発で戦闘不能かもね。腕力は一応、魔法使いキャラの平均値くらいかな。杖の重量もゼロではないから。シャリンの剣なら、ギリギリ装備できると思う」
「何にせよ、ひ弱の非力には変わりないわね」
ニコルが緊張感のない声で警告した。
「あ、前方にモンスター発見~」
虫や鳥の姿のモンスターだ。ただし、サイズはアタシの身長より大きい。
ニコルは杖を伸ばして、手近なツタに触れた。ツタは、するすると伸びてモンスターに絡みつく。狙いは羽や翼だ。ツタにまとわりつかれて、モンスターが動きを止める。
「行くわよ、ラフ!」
「おう!」
アタシは剣を抜いた。ラフは、ブーツに隠した短刀を取り出した。背中の双剣を振るうには、バトルフィールドが狭すぎるから。
動きを封じられたモンスターに、あっさり、とどめを刺す。バトルはあっという間だった。
アタシは剣を鞘に収めて髪を払った。これ、アタシのお気に入りの勝利モーション。
「ニコルがいると、便利ね」
「でしょ。形勢がマズいときには二人の後ろに隠れるから、そのときはよろしくね」
「はいはい」
雑談しながら歩いていく。
ニコルは、かわいらしい見た目どおり、人当たりがいい。軽い話し方のラフは、ときどきムカつくけど、悪いやつじゃないみたい。
「アンタ、変わった名前を使ってんのね」
「オレのこと?」
「そう、アンタよ。ラフ・メイカーだなんて」
「二十一世紀の初めごろに流行った懐メロのタイトルだよ。親父のミュージックポッドから発掘して、気に入った曲なんだ。で、シャリンの名前の由来は?」
「ゲームでは必ず沙鈴《シャリン》ってハンドルネームを使うの。深い意味はないわ。好きな字を重ねただけ」
ニコルが、アタシを振り返る。
「ボクたち、シャリンの名前を知ってたんだよ。コロシアムモードに記録が残ってるからね。いつも一人でステージをクリアしてるでしょ。すごいなって思ってた」
「ひょっとして、アンタたちがホヌアを選んだ理由って、アタシがここに入ったことを知ったからなの?」
ニコルはちょっと笑って前を向いた。ラフがアタシの後ろ側から答えた。
「前のステージの終盤で追いついたんだ。お姫さまは気にも留めてなかっただろうけど、こっちはアンタに興味があったからさ、ステージを移るタイミングを揃えて、声かけさせてもらった」
「興味があったって……な、なによ、それ?」
「ん? 言葉のとおりそのままの意味だけど?」
「こ、このストーカー!」
「まあ、追っかけをやったことは否定しない。いやな思いをさせたなら謝る。すまん」
サクッと謝らないでよ。調子狂う。
「べ、別に、今さら、もうどうでもいいわよ。とにかくっ、アタシの足を引っ張ったら許さないわよ! すぐピアを解消してアンタたちを置いていくんだからねっ」
「はいはい。お姫さまに置いていかれないように精進するよ。ところで、ニコル。時間、そろそろだろ?」
ラフが言う時間っていうのは、現実での時間のこと。
今日は、一緒に行動するようになって二日目だ。待ち合わせは、熱帯雨林の入り口だった。ラフとニコルのほうがアタシより先に来ていた。
ニコルはパラメータボックスを開いた。
「うわっ、ヤバい! 残り三分を切ってる!」
「そうなの? アタシはあと二十五分くらいあるけど」
「今日はボクだけ早めにログインしてたんだ。先に入って設定をいじらなきゃいけなかったから。中途半端だけど、ボクはこのへんで落ちるしかないね」
「ニコルがいないと、道が面倒くさくなるわ。アタシたちも今日はここで足止めね」
「ごめん。シャリンは明日も入れる?」
「入れるわ」
「じゃあ、午後八時ログインってことで集合しよう。ここをポイントにするけど、買い物とか大丈夫?」
「了解よ。変更があったら、サイドワールドでメッセージを送って」
「オッケー。バイバイ、シャリン。また明日」
ニコルは手を振って、ふっと消失した。