「悠生。これから外に出るから店番よろしくな」
いつものように工房に行くと、じいちゃんがよそ行きの格好をしていた。
「またガラス館?」
「今日は違うところだ。俺の作品を是非置かせてほしいって連絡があってな」
「そうなんだ。わかった。気をつけて」
じいちゃんは七十歳を過ぎているのにフットワークが軽い。好きなことを仕事にしているおかげか毎日生き生きとしてるし、つねに暗い考えばかりが浮かぶ俺とは大違いだ。
六年前、両親が死んで、じいちゃんが俺のことを引き取ってくれた。職人気質なのであまり多くは語らないけれど、俺を育てることに葛藤もあったと思う。
俺は店のレジが置かれているカウンターに座った。昔からある砂時計を上下しながら触っていると、チリンとドア鈴が鳴った。
「いらっしゃ……」
言い終わる前に言葉を止める。店に来たのは客ではなく茅森だった。
「なんでガッカリしたような顔するの?」
「いや、べつに」
そういえば来るって言ってたっけ。すっかり頭から抜け落ちていた。
「これ、預かってきたよ」
茅森はカバンからプリントを取り出した。ひらひらと俺の前に見せてきたそれには英文がびっしりと書かれてある。
「今日の授業で出された課題だって。私ももらったから一緒にやろうよ」
「面倒だからやだ」
「ダメだよ。勉強はちゃんとしなきゃ!」
またキャンキャンと茅森の小言が始まった。俺は課題を無視するように席を立つ。
店の売場から工房へと移動して、ブレザーとネクタイをハンガーにかけた。
「店にいなくて大丈夫なの?」
「どうせ誰も来ないよ」
じいちゃんのガラスは評判高いけれど、こんな田舎の小さな店に来る客なんて滅多にいない。
そう思って店番をサボったりしてると急に団体が入ってきたりもするけれど、その時はその時で対応すればいいことだ。
「よしよし、元気に灯ってるね」
もちろん茅森は俺の後に付いてきて、一応扇風機の影響がない場所に置いておいたランプをすぐに確認していた。
「確認し終わったから帰るんだろ」
「今日こそおじいさんにご挨拶しなきゃ」
「残念だけど入れ違いで出掛けたよ」
「えー うそ!」
甲高い茅森の声は工房だとよく響く。