私は、すでに食事をとり終えた様子のミヅハとカンちゃんに「お疲れ様」と伝えてから、厨房にいる姿の見えない豊受比売様にも挨拶する。
「お疲れさまです! ごめんなさい、私のせいで豊受比売様の休憩時間まで遅れちゃいますよね」
「い、いえ……私は、ご飯作る時だけここに来ればいいので……だから気にしないでいいです」
か細い声で続けた豊受比売様が、「今から昼食ご用意しますね」と続けるとカウンターから気配が去っていく。
厨房で調理を担当している豊受比売様は、伊勢神宮の外宮に祀られている食物を司る女神様で、元々は現在の京都府北西部と兵庫県東部にあった丹波国にいたらしい。
しかし、伊勢神宮に鎮座した天照様が雄略天皇の夢枕に立ち『ひとりじゃ寂しいから、丹波国の比沼真奈井にいる豊受比売を呼んでくれないかしら?』とお願いしたため移ってきた。
……というのが、一般的に公開されている話なのだが、母様に聞いたところ、天照様は、気が弱く引き籠りの豊受比売様を心配して呼びつけたんだとか。
何を隠そう、カウンターにぴっちりと下がる簾も、引き籠りの豊受比売様の為に設置されたものだ。
私がこの天のいわ屋に来てから、豊受比売様の姿を見たのは片手で数えられる程度しかない。
最後に見たのは二年ほど前。
従業員用の女湯でたまたま遭遇したのだけれど、相変わらずおっとりと可愛らしかった記憶がある。
ちなみに、自称、豊受比売様と仲良しのカンちゃんの情報によると、豊受比売様の趣味はネットサーフィンでSNSも駆使しており、イン〇タで自分の作った料理を載せているんだとか。
あやかしも神様も、時代の流れにしっかりと乗っていて、なんともたくましい限りだ。