「連絡が取れないんです」

スマホをポケットに入れながら答える。

「もしかしたら、あの事件に巻き込まれたんじゃないかと思って……」
「事件?なんのことだ」
「は?」

状況が飲み込めない。

怯えていて、あんな発言をしておいて、知らない?

「女子高生誘拐……あなたの隣の家から、変な音がするって……翠様……あるバーで言いませんでしたか……?」

戸惑いながら説明するが、ピンと来ていないようだ。

もしかして、この人じゃないのか?

「とにかく、忙しいんだ。彼女について言えることがなくて申しわけないが、帰ってくれ」
「待ってください!」

閉められそうになったドアに足を挟む。
思った以上に痛いが、そんなことは今どうでもいい。

「彼女、来たんですよね?じゃあ、どんな会話をしましたか?」

結崎さんだって、俺と同じことを聞いたはずだ。
それで事件と言われて誘拐事件と言わなかったのは、なんだか怪しい。

「なんでもいいだろ。帰れ」

外に押し出されるが、このまま帰ってはいけないような気がしてならない。

「彼を虐めるのはやめてください」

すると、部屋の奥から女の声がした。

「彼を虐めていいのは、私だけなんですから」

そんなことを言うのは、一人しか知らない。

結崎さんは後ろで手を縛られているようだが、元気な姿で立っている。
俺は泣きそうになるくらい、安心した。

「お前……なんで……」
「瀬戸さんの声が聞こえて、その間に足の拘束を取ってみました」

怖いくらい笑顔だ。
男の顔が歪んでいく。

「いいですね、その顔。どうせなら、もっと苦しんでください」

結崎さんの背後から何かが落ちた。

よく見れば、スマホだ。
(ゆずりは)刑事という文字が表示されていて、通話中だ。

「警察に連絡しました。誘拐したっていう証言をしてもらえなかったのは残念ですが、私のスマホのGPS情報ですぐに警察がここに来ますよ」

男はすぐ近くにあった台所からナイフを取り出した。
真っ直ぐ結崎さんに向けている。

「私も殺しますか?あなたに出来ないと思いますけど」

どうして挑発するんだ、この人は。

手を縛られていて抵抗することもできないはずなのに。

そう思ったとき、結崎さんと目が合った。

初めから俺にどうにかしてもらうつもりで、挑発したな?

格闘技の経験もない俺が勝てるわけない。
できるのは、フライパンで頭を殴るくらいだった。