だが生憎、俺はその場所を知らなかった。

電車を待つ時間がもったいなくて、タクシーに乗り込む。

到着したのは、言うまでもない、翠様の店だ。
ドアにはCLOSEと書かれた板がかかっているが、俺は必要以上の力でドアを叩いた。

「開けてください!聞きたいことがあるんです!」

夜には人が少なかった通りも、少しは人がいる。
俺は怪しまれていると自覚しながらも、ドアを叩き続けた。

「うるさいな……」

すると、欠伸をしながら翠様がドアを開けてくれた。

寝癖があったり、下着と見紛う服装に、思わず視線を逸らす。

顔がどんどん赤くなっているのが、自分でもよくわかる。

「耳まで赤くなってるよ。可愛い奴だ」

翠様は俺の左肩に手を置き、右手を俺の顎に添えた。
さらに体温が上がっていく感覚が、身の危険を知らせる。

「このまま襲ってしまおうか」

翠様の人差し指が俺の唇をなぞった。
前以上に体が強ばるのは、ここがまだ外だからだろう。

だが、今はそれどころではないことを思い出した。

翠様の手から逃げると、翠様は一瞬驚いたような表情を見せたが、乾いた笑いをした。

「いい目だ。ますます襲いたくなる」
「そ、それどころじゃないんです!」

俺が翠様に対して、反抗的な態度を取ったからか、翠様はつまらなそうにすると、店の中に入っていった。

あの部屋に行くと、黒いソファに座った。
右手で頬杖をつき、俺の話を待っている。

「結崎さんが事件に巻き込まれました。昨日結崎さんが聞いていた事件です」
「幸がねえ……」

翠様が驚いているようには見えない。
むしろ、やっぱりかと言っているようだ。

翠様が無理矢理俺を結崎さんのボディガードにした理由が、今やっとわかった。

「あのとき言っていた客の家がどこか、教えてください!」

翠様は鼻で笑った。

どこに笑ったんだ。
笑えるところなんてなかったはずだ。

「幸にあんな扱いをされたというのに、必死だな」

返す言葉に戸惑う。

翠様の言いたいことがわからないわけではない。

「……結崎さんは他人を不幸に陥れ、それを喜ぶような、最低な人です。でもそれは、自分を守るためだったんです。結崎さんは、思っていたよりも弱い人でした」

彼女は、いつも目に見えない何かに苦しんでいる。
だから、自分よりも苦しんでいる人を見て、安心していた。

……だからといって、結崎さんの行動が許されるわけではないけど。

「だから、守ってやりたくなったのか?」

翠様は意地悪だ。
認めたくないこと、気付きたくなかったことを遠回しに気付かせてくる。