その真剣な姿に目を奪われ、手が止まることは少なくなかった。



時計の針が重なっても、店は閉まらなかった。
閉店時間は二時らしい。

さすがに眠気に襲われ、欠伸が止まらない。

「限界か?」

テーブルを拭いていたら、翠様がその席に座った。

「……俺の就寝時間は一時なんで」

翠様は鼻で笑い、口角を上げた。

「ガキ」

たった二文字なのに、随分色っぽい言い方だ。
俺は翠様のほうを見れなくなった。

というか、一時は十分遅い時間で、ガキと言われる筋合いはない。

俺が顔を背けたのを、拗ねたからだと思ったのか、翠様はさらに俺を嘲笑う。

「幸」
「はい」

結崎さんはカウンターに立っていて、すぐに返事をした。

なぜ結崎さんを呼んだのかわからないが、解放された。
俺は台拭きを持ってキッチンに戻ろうとする。

「悠吾が限界らしい。今日はもう上がれ」

そこまでストレートに言わなくてもいいだろ。

翠様に文句の一つでも言ってやろうと振り返る途中、なんとも言えない表情をした結崎さんが視界に入った。

「……わかりました」

だけど、翠様の指示に素直に従った。

なぜあんな表情をしていたのか気になったが、結崎さんとタクシーに乗っているときにも聞くことが出来なかった。



自宅で数時間寝て、昼食をとると、俺はまた図書館に足を運んだ。

まだ来ていないのか、結崎さんの姿が見当たらない。

しかし、茶封筒のやり取りをしていた男が昨日と同じ場所に座り、本を読んでいる。

「……あの」

声をかけてすぐに後悔した。

いくら結崎さんのバイトに関わっていても、この人は俺のことを知らない。

彼は不審そうな目で俺を見上げる。

「俺、結崎さんの知り合いで、あなたとのことを聞いていて……」

小声で説明しても、彼は俺を睨むのをやめない。

「結崎さん、来ないんですか?」

彼の表情が少しだけ崩れた。
というか、目が泳いだ。

これは来ていないだけじゃなさそうだ。

「彼女と……連絡がつかない」

それでも律儀にここで待っているこの人は、本当に警察なのだろうか。

俺は、図書館を飛び出した。

結崎さんはあのとき、なんとも言えない表情をしていたわけじゃなかった。
納得がいってなかったんだ。

まだ、情報が足りないとわかっていた。
だから、帰ることを渋ったんだ。

だとすると、結崎さんが向かう先は一つしかない。