俺の不安は消えないまま、結崎さんが足を止めた。

「さあ、着きましたよ」

二十歳になったとはいえ、まだこのような場で飲んだことがないせいか、無駄に緊張する。

それが伝わったのか、結崎さんは笑っている。
さっきの泣きそうな笑顔とは違い、バカにされているはずなのに、少し安心した。

「緊張されるのは結構ですが、あの方の前でそのような態度は取らない方がいいと思いますよ」

わざわざ脅さなくてもいいだろ。

俺が行きたくないと思っているのに、結崎さんはドアを開けた。

ドアベルが鳴ると、数人のいらっしゃいませという声が聞こえてきた。

結崎さんはどの席にも座らず、店の奥にある扉をノックし、ドアノブを回した。

「おや、久々に見る顔だ。後ろのは彼氏か?」

声だけで、そこにいる人を苦手だと感じた。

「お久しぶりです、(みどり)さん。残念ながら彼氏ではないです」

結崎さんが左に避けたことで、声の主の姿をしっかりと捉えた。

そこはとても狭く薄暗い部屋だった。
一人用の黒いソファとその隣に丸いテーブルがあり、ワインのボトルとグラスが置かれている。

翠さんという人は黒いソファに深く腰掛け、足を組み、左の肘掛に肘をついている。

さらに、黒いドレスに赤い口紅が印象的だ。

なんと言うか、悪女っぽい。

「名前は?」

名前を聞かれただけなのに、心臓がうるさい。

類は友を呼ぶというやつなのか、結崎さんの知り合いだけあって、妖艶である。

「瀬戸悠吾です」

名前を教えると、彼女の口がゆっくりと動く。

「悠吾、ね」

名前を呼ばれて緊張するのは初めてだ。
一瞬、息の仕方を忘れた。

彼女は立ち上がると、俺の前に立ち、そっと右手を俺の顎に当てた。
俺は抵抗することも出来ず、顎クイというやつをされた。

「あたし好みの可愛い男だ」

褒められた気がしない。
なにより、男の俺が顎クイをされたということが屈辱でしかない。

「すみません、翠さん。急ぎの話があるので、後で可愛がってあげてください」

結崎さんは横から口を挟んだ。
彼女はつまらなそうに俺から手を離した。

後で、じゃない。
可愛がらなくていいんだよ。

彼女はソファに戻り、また足を組んだ。

仕草がいちいち女王様っぽい。
結崎さんは翠さんと呼んでいるが、俺的には翠様のほうが合っていると思う。

よし、俺はそう呼ぼう。

「それで、今日は何が知りたい?」