「すみません、答えたくないですよね」
「いえ……ただ、話せば長くなるといいますか、ややこしい話なので」

要は答えたくないんだろう。
言い訳にしか聞こえない。

「……私の母は、厳しい人なんです。言い方が悪いんですけど、自分を中心に考えていると言いますか……だから、母が思っている通りに動けなかったら、怒られたんです」

てっきり教えてくれないのかと思ったのに、口を開いてくれた。

結崎さんは遠くを見つめていて、俺と目が合わない。

「どんくさい、やる気がない、そんなんじゃ社会に出て困る。色々言われました」

結崎さんの声が震えているような気がした。

無意識に結崎さんの頬に触れた。
俺の行動に驚いた結崎さんは、俺の顔を凝視している。

いや、俺、なにを……

「泣いて、ませんよね……すみません。つらいなら、もう言わなくていいです」

結崎さんはきょとんとしていたが、優しく微笑んだ。

「ここまで聞いたんですから、最後まで聞いてくださいよ」

そう言われて、まだやめろとは言えなかった。

「そう言われ続けたことで、壊れてしまったんです。完璧にやらなきゃって思うようになって、できなかったら、過呼吸に」

今の結崎さんからは全く想像できない。

それに、やっぱり今にも泣きそうに見えて仕方ない。

「……誰かの上に立っていないと、不安で仕方ないんです。だから、誰かを負かして、なんとか精神を保っているって感じです」

やっと俺のほうを見た結崎さんは、泣きそうな笑顔を浮かべた。

俺は思わず、結崎さんを抱き締めた。

「瀬戸さん……?」

出会って数日の俺に言えることなんて、なにもない。
どれも気休めにすぎない。

「……すみません」

俺はそっと結崎さんから離れる。

それから気まずい空気になってしまい、そのまま目的地に着いてしまった。

電車から降りると、俺は黙って結崎さんの背中を追う。
人通りが少ない、薄暗い路地を歩かされる。

「あの、結崎さん……どこに何をしに行くんですか?」

徐々に不安が大きくなり、恐る恐る尋ねる。

「バーのオーナーに話を聞きに行きます。私、情報屋ってやつなんです」
「情報屋……?」
「警察に情報提供するだけです」

少し振り向いた結崎さんは、得意げな顔をしている。

いや、え……?
そんなバイト、聞いたことがない。

というか、警察に情報提供する人って本当にいたんだな。
ドラマとか漫画の中の話かと思ってた。