「それは……いけません。お嬢様」
ルカはあからさまに困惑と拒否を示し、私からわずかに身を離そうとした。
嫌だ。全身で訴えられるのは耐えられない。何故そんなことをするの? 分からない私。
「いけませんって何が? どうして?」
「っ」
手を伸ばす。
彼の服の襟元でも掴んで、私はルカを引き寄せたかった。それは、すがりつくというより取り戻すみたいな心情だった。
だけど、ルカへ届く手前で私の意識はふわりと大きく浮遊する。
時間切れ。
それまで必死に追いやっていた睡魔が、とうとう自分の力では抑えきれなくなったのだ。
哀しくも落ちる重い手。ルカのホッとした一瞬の表情が恨めしいし、それを見逃がさない自分も恨めしい。
なんで気付いちゃったんだろう。知らなければ良いことなのに。
この世はいつだって、知らなくても良いことで溢れてる……。いつもいつも、私はそれで悩まされる。
「大丈夫ですから。おまじないなんてなくても、お嬢様はもう怖い夢など見ません」
「……うそ、つき……。だって、ルカ……」
「私はお嬢様が眠るまでここにいます」
ベッドに落ちた手を、ルカはそっと撫でてくれた。甲に伝わるのはサラリとした布の感触。布越しのあたたかさに泣きそうになる。
もうルカの顔は見れなかった。
重いまぶたに現実を遮断され、夜の闇と同じ真っ暗な世界へ沈んでいく。
声も遠くなって。
「おやすみなさい、お嬢様。良い夢を」
恐らく、ルカはそんな言葉を。
穏やかな微笑みを唇に表しながら言ったんだと思う。だって、毎晩彼はそう言うから。
月は夜毎に形を変えても、ルカの笑みは変わらない。昔からずっと変わらない。
だからルカは嘘吐き。