「おやすみなさい、お嬢様」
ルカは困ったように微笑んでから、そっと私の髪に触れた。そして、さっきと同じく髪へキスを落とすと……また微笑む。
貴女が望むものはこれでしょう? と言いたそうな目で。
「…………」
そのルカの微笑みに、私は応える事は出来なかった。――だって違うんだもの。そうじゃない。
近いけど遠いと感じるもどかしさが、ほんの少し痛かった。
優しさ滲む指先と微笑みと紳士的なキスが、彼がすっかり執事になってしまった事を証明している。
本当ならそれを喜ぶべき立場でなければならないのだけど、いつも素直に受け取れずにいるのは、私が屋敷の主人としての自覚を持てていないせいなのかな……。
いつでも白いグローブをはめ、素手を見せる事は滅多にないルカ。キッチリと燕尾服を着こなして一定の距離を保つのは、彼が執事として過ごす上ではごく自然な姿だった。
昔のように兄妹みたいにじゃれたり、気軽に触れあうなんてことは、ルカにとって過去のことになったのだ。
今、彼があろうとするのは、兄代わりではなくこの屋敷の執事長。ここを守り抜くという強い責任感とともに。
「ちがう……」
「え……?」
「最近はいつもそればっかり。そうじゃないの。私がしてほしいのは、前みたいなおまじないだってば……」
ルカが“執事”になってしまう前に私にしてくれたおまじないは、こんなよそよそしいモノじゃなかった。
大丈夫ですよ、という言葉と微笑みと……額へのキス。
あたたかくて包み込む様な、ルカの魔法。おまじない。
あの頃の私達は、共に暮らす家族のようだった。ううん。もしかしたら、それよりも近かったかもしれない。
父よりも身近に母よりも愛情深く感じた、誰よりも、の存在……。