「月がどうかしたのですか?」
斜めに傾く三日月。それをジッと見ていた私に、ルカが声をかけてきた。
「チェシャ猫みたいに笑ってる。私のことをみてる」
「……笑って――?」
「そう。何にも言わないで、ずっと笑って私を……。朝まで」
眠る前のジャスミンティーは。
安定剤代わりですよ、と言って、執事のルカがいつも淹れるもの。
優雅にお茶を煎れるルカの所作を窓際から眺めながら、私がそんなことを抑揚無く言うと、彼はクスッと笑みを零す。
綺麗な唇が、今日の月より細い曲線を描いたのは、私の言葉を気に入ったということだろう。
「月が見ているのは世界です。なにもお嬢様だけを見ている訳じゃないですよ」
さあ、ベッドにお戻りを。
ルカが、まるで小さい子供をあやすような口調で、私を促した。
幼い頃から私の世話係をしてるルカは、未だにこんな感じの甘ったるさを出してくる。時々、彼の中で私の成長が止まってるんじゃないかと、疑いたくなるくらい。
でも、それはいつも一瞬だけ。
ルカが見せるこの単純な愛情は、現れるとすぐ消えてしまう。
べつに無くなるという意味じゃない。奥に隠される。そういうこと。