『リルのおうちには、オバケがいるの』


幼い少女は、悲しそうにそう呟いていた。


自分は、それを絵本の世界と混同して戯れに呟いている、幼い子供の良くあるパターンだと思っていた。遠い昔、自分にも覚えがあった感覚だったからだ。


『それは困りましたね。絵本のように、魔法使いに助けてもらいましょうか』

『ううん。それはダメなの』


怯えている風ではなく、悲しみにプラスして寂しさまで感じられる表情が、ほんの少し不思議ではあったが。


『どうしてですか? お嬢様は、オバケがいない方が怖くなくていいでしょう?』

『そうだけど。……でも、いっしょにきえちゃったら、ダメだもん』


何が一緒に消えるのか。魔法使いが?

……考えても、よく分からなかった。所詮は子供の夢物語の延長。彼女のその世界観は、彼女にしか見えてない。


自分にはどうすることも出来ない。


その時はそう思い適当に話を合わせたが……――。







「……フェリルを……、ど……か、――たの、む」


それから少しの時が流れ。


(ああ。だからあの時、お嬢様はあんな事を……)


《消えては困るもの》が、やっと分かり。





苦しそうに喘ぐ男を見下ろす青年の表情は、悲しみとはほど遠いものだった。

じわりじわりと、男の命は死に近づいていく。それを止める事はもう叶わないと知っている青年は、ただジッと、最期に自分へ願いを託そうとする男の姿を見つめていた。


「えぇ。旦那様」


長めの前髪に隠れがちな、青年のアイスブルーの瞳が細められる。彼の微かな微笑みに、男は救われた様に静かに、命を終えた。

閉じた目から伝う一筋の涙に、向けられるのは、青年の無音の嘲笑。


「私は、貴方と違ってバカではありませんから」


冷やかな視線と言葉を落とし、青年は暗い夜空を見上げる。

小さな溜息、ひとつ。

刹那、彼の表情が一転した。


「お嬢様を、悲しみに置き去るなんて事は……。決して――」


下弦の月に誓うかの如く、今度は静かな言葉を空気に溶かした青年は、ひどく哀しげな瞳を……隠さずにいた。