「ひ、すい? あの、その、大丈夫?」
「あ? 大丈夫だ。ただ俺はおそらく今、この世に神として生まれ落ちてから一番嬉しい」
「うわあどんでもなく大袈裟っ……⁉」
ベースは深緑の布扇子。しっとりと静かに流れる川のように散りばめられた金箔と、深緑の背景に溶け込むように丁寧に描かれた竹。扇げばすんと香る涼やかな香り。
この組み合わせを見た時、私は翡翠にぴったりだと思った。
あまりに私のイメージそのもので、さとりのおっちゃんが説明してくれているのも聞いていなかったくらい。私の中の翡翠は、この扇子みたいな落ち着きと雄大さと寛容さで出来ている。ときおり甘すぎたり、予想外の一面を見せてくれることもあるけれど。
「良い色だ。落ち着いていて品がある。それに、不思議と風に竹の香りがする」
「うん、その扇子うっすらと竹の香料が染み込んでるんだって。心を落ち着ける効果があるっておっちゃんが言ってた。仕事でイライラしたときとかに良いかなと思って」
「なるほど、それは良いな。これからの季節にもちょうどいい」
さも感心したように頷いて、翡翠はぱたぱたと仰ぎながら竹の香りを味わう。口調は必死に落ち着きを保っているが、表情はもはや隠し切れないらしい。ぜんざいなどそっちのけで扇ぎ続ける翡翠に苦笑して、ほんとなんでこの神さまこんな可愛いのかなと考える。
いつもは落ち着き払っていて、むしろ冷徹クールな印象すら纏わせるくせに、ほんの少し琴線に触れるだけでさまざまな翡翠が顔を出す。傷ついた時や悲しい時、嬉しい時や興奮している時、思えば私は、そういう場面に遭遇することが多いかもしれない。
けれど、翡翠は基本的に弥生通りのみんなには『旦那』と呼ばれるほどお偉いさんとして振舞っているし、時雨さんやりっちゃんにもここまで乱れることはないような気がする。
だとすれば、もしかして、いやもしかしなくても、私の前でだけ、だったり……?想像が
一線を越える前に、私はなんとか思考から脱却する。あのまま考えていたら、自分でも呆れるほど自惚れた結論にたどり着いていたに違いない。無理。恥ずかしすぎる。
「よ、喜んでくれて良かった。翡翠の選んでくれた手鏡も大事にするね。ほら、もしかしたら私の霊力を吸っていつか姫鏡みたいに付喪神になるかもしれない、し」
しかし付喪神、と言ったのは自分なのに、直後、すぐに後悔した。