口調から察するに、男は唄姫のことを知っているらしかった。
姫も、思い出したように小さく「あっ」と声を漏らした。
「俺のことを覚えていてくれたか、姫」
「……いえ、存じ上げませんわ」
唄姫は冷たい声ではっきり言い切る。
その言葉に、男は大きく舌打ちをした。
「ならば思い出させてやろうではないか」
男が唄姫に向かって剣先を突きつけた。彼女に動じた様子はない。
琥珀は男から目を離さないまま、自分の武器に手をかける。自分の命は無いものとしても、唄姫のことはどうにか助けたい。
「ああ、やはり美しい姫君だ。……おやおや、そんな目を向けないでもらおうか」
男はねっとりとした視線を唄姫に向ける。
そんな男のことを、彼女はギっと睨みつけた。
「私を殺すつもりですか?」
「そうだな……そのつもりだが」
言葉をきった男は、また嫌な笑みを浮かべる。
「あんたが、俺のものになると言うなら助けてやってもいい」
吐息がかかるほど唄姫に顔を近づけて言う。
「不思議な力を持つ美しい姫。ずっと前から、手に入れたくて仕方なかった。我が軍の敵に嫁ぐと聞いて、居ても立ってもいられなくなって迎えに来たまでだ」
くっくっという笑い声だけが響く。
少し俯いていた唄姫は、やがて顔を上げ、部屋にいる者全員に聞こえるくらい大きな声で言った。
「断ります。あなたの元へは行きません」