茶色く焦げ目の付いた側面を眺めて、焼き加減に満足していると。

 ピンポーン。

 宅配便かな、とコンロをとろ火までねじる。ハンコを引き出しから取り出して、玄関を開け――

「あー、冷えるね!」

 真っ白な歯を見せて、目をきゅっと細めた褐色の肌。ボサボサの髪に、剃り切れていない顎髭。懐かしい筋肉質の両腕。

 ハンコが私の手のひらから滑り落ちる。
 え、どうして、と尋ねるより先に、彼はするりと、妖術を使ったかのように私の腕をすり抜け、ドアの内側へ入り込んできた。

 ちょっと! 今さらどういうつもりで――

「うん、今夜は冷え込むねー。さ、ご飯にしよっ」

 言おうとしていた言葉と、まるであべこべの愛想いい声が、私の声帯を震わせた。
 勝手に、私の口が、しゃべった。
 そうとしか思えないほど、頭と体がまるで真反対だ。

「お~、今日は俺の好きなメニューで揃ってるじゃん」

 ズケズケと、コンロの上のフライパンの中身を見て口笛を鳴らす彼を見て、その筋肉で盛り上がった肩を掴もうとした。

 何言ってんのよ、これは――

「そうなの。今夜、帰ってくるかなと思ってた。お箸出すね」

 またもや勝手に私の声がキッチンに響く。そればかりか、食器棚から二人分のお皿とお箸さえも出していた。

 まるで自分が操り人形となっているかのようだった。
 見えない糸が、狭いマンションに張り巡らされている。
 天井に、壁に、床に。冷蔵庫に、エアコンに、ダイニングテーブルに。そんなイメージが、目の前のリアルの光景に重なる。
 そして見えないその細い糸を、意地悪い誰かが頭上で操っているのだ。

 気づけば、今までのように、二人で食卓を挟んでいた。
 ビールはなかったけれど、肉巻きに煮物、味噌汁と白米まであれば彼の胃袋は納得してくれる。
 実際、今も目の前で「出汁が染みてて、うまいなあ」と呟きながら、どんどん口へこんにゃくや油揚げやごぼうを次々に運んでいっている。

――油揚げ?

 ふと引っ掛かりを覚えて、箸を止めた。
 もう帰ってくることがないと思って鍋に放り込んだ油揚げ。
 今までなら、彼の嗜好をおもんぱかって、決して入れることのなかった具材。

〈ねちょっとしてるところが、嫌いなんだよな~〉

 一緒に住み始めたころ聞いたはずの声と、目の前の彼の行為とが、不協和音を奏でていた。
 大きさの異なるスプーンをかち合わせた時のような音が、頭の中に響く。

――これは、彼ではない。彼のようなかたちをした、何者かだ。