「懐かしいね」
「……そうね」

 まるで狐に化かされているみたいだ。
 明るい教室の中に、まだ高校生の夏生と私が二人。放課後いつまで経っても教室に残り続ける男女のように。

 そして懐かしの制服姿に引きずられるように、かつて高校生だった頃のように、もじもじとうつむく自分に驚いたりもするのだった。初心な女子高生を気取っているつもりはないけれど、自然と夏生の目から逃れるように、机の並びを眺めたりする。

 黙りこくっていると、彼は絹のような柔らかな声で、
「英語の授業でずっとペアだったころを思い出すよ。俺のカタカナ英語をいつも山科は笑わずに、真剣に聞いてた」
「……ひと言も、聞き漏らしたくなかったの」
 机の上に視線を落としながらも、正直に吐露する。自分の声が少し震えていることに気づく。数年ぶりの嘘みたいな再会に、喜びと驚きが隠せない。
「山科はもっと早く流ちょうに英語を話せるのに、わざわざ俺が聞きやすいようにゆっくりしゃべってた」
「それは……私のこと、知ってほしかったから」
 すると、夏生は少し強張った声音で応えた。

「――どっちも、よくわかってたよ」

 ドキリとして顔を上げた。
 私のほんの1メートル先で、ばつの悪そうな顔をした夏生が青白い蛍光灯に照らされている。この人は、私のことなんて全部お見通しだったのだ。

「僕も、少しでも山科と長くしゃべっていたかったから、いつまでも下手な英語のままでいたんだ」
「冗談でしょ?」
 だったらどうして、私を見捨てて他の女の子と――とまでは訴えられなかった。
 夏生は何度か強く首を横に振った。

「僕の人生、後悔だらけだった」
「……だった、なんて言わないで」
 夏生の人生を、夏生の存在を、過去へと送りたくなかった。今、ここで、目の前にいるというのに。その事実をまるで幻想のように扱ってほしくない。