教室の入り口から私の背中に向かって投げかけられた問いに、息を呑んだ。
 心臓が、止まるのではないか。
 だってその声は、何年経っても覚えている――

「……な、つき?」

 コマ送りにした映像のようにゆっくりと振り返る。
 いけない、外の景色ばかり見ていて、目が暗さに慣れていない。
 振り返った教室は、うっとりするほど真っ暗に、闇に呑み込まれていた。心地よい闇。

 振り返った先には、黒い人影。

「久しぶり」

――本当に夏生の声だ。

「ど、どうして……」

 止まりかけた心臓が、その反動のためなのか、今度はバクバクとビートを刻み始めていた。

 逢えるはずのない人が、暗闇の中にいる気配に、否が応でも気分は高揚している。

「もしかして、僕の姿、見たい?」

 墨で塗りつぶしたみたいな黒い影が問いかける。未だに目が慣れないのがもどかしくて、強く首を縦に振った。
 そこには、「今自分は夢を見ているのではないか?」という疑いが混じっていたことは間違いない。
 だって、ありえないのだ。



――死んだ夏生と再会するなんて。



「じゃあ、灯りをともすね」

 夏生(の影)の声とともに、教室に明かりが灯った。急激な光の汪溢に、目を細め、顔を伏せる。視界が一瞬真っ白になり、どこか別の世界へ連れ去られたかのような――もちろんおおげさには過ぎるが――錯覚を覚える。

 あまりに強い刺激に、顔をしかめつつも、早く姿をこの目で確かめたくて、まぶたを開ける。

 懐かしい木の机の並びの向こう側に立っていたのは。

 特別美男子ってわけでも、身長が高いわけでもない。
 ちょっとくせ毛の短く整えられた黒髪。太い首筋。

 それから――糊のついたままの学生服。

 まるで初めて会った日のまま、時が止まってしまったかのような姿。

「それは、山科も同じだね」
「え?」
「制服」

 自分の身体を見下ろし、目を疑った。
 濃いグリーンのブレザーに、えんじ色のリボン、チェック柄のプリーツスカート、白いソックスに上靴。
 まったく、あのころと同じ出で立ちの自分がそこにいたのだ。