日本人ほど、狐と親密な関係を築き上げてきた国民はいるだろうか?
 稲荷大社に見られるように、私たちは狐を神獣と崇め豊作を祈る。
 その一方、人を化かす生き物としても捉えてきた。古典文学、伝説・伝承、児童文学の中にはたくさんの狐たちが登場し、人間にいたずらを仕掛けたり、人間に化けたりしている。でも決して敵としてではなく、どこか憎めない、親しめる動物として我々の先祖たちは狐を捉えてきたようにも思われる。

《近代化した日本では、狐はもう人には化けない》――そう述べた人がいる。
 不思議な現象が起こったときに、昔の人たちは狐のせいにした。
 しかし「不思議」を理屈で説明しようとする科学の時代に、狐は私たちの脳裏に想起されない、だから近代以降の日本で狐は人間になると誰も信じないのだ、というわけだ。

 それは本当だろうか?
 今この瞬間も、この国のどこかで狐は人間に化けて、何気ない顔で過ごしているかもしれない。

 ひょっとしたら、あなたのそばでも。