葵君を落ち着かせて別室に移した後、私は日夏先生に少しだけ彼のことを聞いた。
「あれは私の長男で、葵という子なんだ。極度の虚弱体質でね、太陽の下に出ることもできない」
「あやめちゃんの……」
「兄だよ。同い年くらいに見えるだろうけど、実際は二つ年上だ」
 だったら、今十六歳ということになる。でも、彼はあやめちゃんよりも背が低かった。
「健康なあやめを見ると許せないんだろう。すぐ殴ったり怒鳴ったりする。といっても握力もあやめより弱いくらいだから、そう心配もいらないんだけど」
 近寄ってきても、放っておいてくれれば害はないから。
 そう言って日夏先生は自分の仕事に戻っていった。白髪混じりの髪を撫で付け、少しきつそうな白衣を揺らしながら。
 あやめちゃんにお兄さんがいたということは初めて知った。だから彼女は男の子とも気軽に話ができていたんだと思う。男兄弟がいるとなんとなく扱い方がわかるらしいから。
「おい」
 でも、兄がいるはずの私は、男の子どころか女の子ともまともに会話ができないけれど。
「無視かよ」
 人の声を間近に感じて、私は視線を上げた。
 私がもたれかかっている壁の向こう側に、葵君が足を投げ出して座っていた。吐き出したような言葉とは違って特に機嫌が悪いわけではないらしい。
 じっと私の手元を見て、彼は首を傾げる。
「何してんの? 一人で」
「……絵を、描いてるの」
 ぽつりと言うと、彼はふうんと興味なさそうに頷いただけで私から目を外した。ぼんやりと部屋の中に視線をさ迷わせた後、窓の外を見つめる。
 横から見るとますます、水色の瞳が空に溶けそうに見えた。
「綺麗な目。コンタクト?」
 すると葵君はぎこちなく首を動かして私の方を向き直り、奇妙なものを見るように眉を寄せた。
「いや、地の色だけど」
「白目が綺麗だから、ちょうど良いコントラストだね」
 白と水色は溶け合う色なのだ。彼のように両方淡い色だと晴れた青空を連想する。
 葵君は少し口をつぐんで、ぐっと俯いた。
「うん、そうだろ?」
 それは先程とは違って荒々しさの欠片もない、沈んだ口調だった。
「俺も実はそう思ってるけど、じじいもあやめも気味悪がるし」
 病的な色だもんなと彼は言った。
 その日葵君と交わした会話はそれだけだったけれど、その日から私と葵君はぽつぽつと話をするようになった。