私の母親が人生最悪の転機を迎えたのは、十九歳の時だった。それまでは、平凡だが何の不自由もない家庭で平穏(へいおん)に暮らしていた。
 なのに……人間とは本当に(おろ)かで浅はかな生き物だと思う。そんな有り難い生活を〝つまらない〟と言って捨てられるのだから。


『お姫様になりたい』
 これは母の口癖だった。その根源はグリム童話にあったようだ。でも、別にグリム童話が悪いと言っているわけではない。
 物語の姫に我が身を重ね、『いつか必ず、白馬に乗った素敵な王子様が現われ、こんな退屈な人生から私を連れ出してくれる』と、信じて疑わなかった母が馬鹿だっただけだ。


 ちなみにだが、この願望には〝シンデレラコンプレックス〟という、妙に女心を刺激するキラキラとしたネームが付けられている。
 しかし、その名に反してこの願望は、女性の自立を(はば)む要因に成り得る、と言われている。
 ――というのも、この手の女性は、『女性の幸せは男性によって決まる』と信じ、男性に依存しがちだからだ。
 依存は自らの成長を止めてしまう。そうなると自立は難しい……ということだ。


 だが、母は親の目から逃れるように、家から通えない短大を選び自立した。
 一見この行動は、この心理から外れているように見えるだろう。しかし、間違いなくシンデラレコンプレックスだ。
 家を出たのは、後先考えず王子を見つけたいがために起こした軽率な行動だった、と私は分析している。


 現に、その後の母は、望みどおり〝つまらない〟と思う時間がないほど非凡な人生を歩んだ。が――。
 (ちまた)で言うところの〝つまらない〟男に溺れ、短大を中退して、怪しげな水商売に足を突っ込み、貢ぎ、子供ができたと分かった瞬間、捨てられた。そんな華麗なる転落の人生を掴んだのだった。


 しかし、呆れることに、そんな風に男性に振り回され人生をメチャクチャにされても、母は性懲(しょうこ)りもなく、『皆が羨むような王子様と末永く幸せに暮らしたい』と、物語のヒロインを夢見て理想とする男性を追い続けた。