「そう言えばさ……」
何を話そうかと考えあぐねいていると、真斗さんが先に口を開く。
「あの万年筆って、子供が持つような物じゃない気がするんだけど、どうしたんだ?」
「え?」
「あの万年筆、あんたはあまり知らなかったみたいだけど、凄くいいやつだよ。『モンブラン』っていうドイツ発祥のメーカーの『マイスターシュテュック』ってシリーズでさ。有名なのは長さが149ミリの『149』なんだけど、あんたが持っていたのは全体的に細いボディに少しだけ長さが短くなった『146』ってやつね。でも、それでもいい商品であることには変わりない。146は小さな手でも持ちやすいから、女性にも人気があるんだ」
「…………」
そっか。やっぱりあの万年筆、凄くいい品物なんだ。『昔、奮発して買った』と笑ったときの、お祖父ちゃんの表情が脳裏に浮かぶ。そんな大事なものを安易に売ろうとしたことに、物凄い罪悪感を覚えた。
隠すようなことでもないので、私はポツリ、ポツリと事情を話し始めた。
小学校のときに、子供向けの小説コンテストで入賞したときにお祝いで貰ったこと。そのあとも小説を書いていたけど、鳴かず飛ばずだったこと。創作仲間の成功を目にして、自棄になったところで変な男に引っ掛かったこと。
「ふーん。ま、結果的には後戻りできないくらい傷が深くなる前に変なのとは別れられたからよかったんじゃね? で、次は何を書くの?」
しんみりとした私に対し、真斗さんはあっけらかんとした様子だ。
「え? でも、私才能ないみたいで」
「誰かプロにそう言われたわけ? あんたは才能がないから、もう書くなって」
「いえ……」
心底不思議そうに聞かれ、言葉に詰まる。
私が小説を書かなくなったのは、誰かに言われたからじゃない。自分でそう決めつけたからだ。私には才能がないから、もう書いても無駄だって。
「よくわかんねーけどさー」
俯き加減の私に、真斗さんは相変わらずなんでもない様子で言葉を続ける。
「その万年筆をくれたじいさんは、あんたに楽しく書いてもらうきっかけにしたかったんじゃないの? プロになれだなんて、一言も言ってないんだろ? そりゃ、孫がプロの作家になったら嬉しいだろうけどさ」
「…………」
「最初から熱狂的なファンがいるなんてすげーじゃん。世の中には、趣味を家族にバカにされたり、反対されるやつだっているわけよ」
なんか、色々と言葉が出てこなかった。
つまり、甘ったれな私は夢を叶えることができなくて、自分で無理だと境界を張って、更には地道に努力してきた仲間に嫉妬して、最後は安易に逃げ出したのだ。亜美ちゃんに『クズ男』呼ばれされた健也と、本質的には何も変わらない。
「…………。私、また書けるかな?」
「知らねーよ。ただ、一つのストーリーを作り出して、それを本にできる文量に纏めることは誰にでも早々できることじゃない。レポート用紙何百枚って文字数だろ? それだけで大したもんだと思うけど。だって、一般的な資格試験で課される論述試験でよく見かけるのが八百字とか千六百字くらいだろ? それですら多くの奴らが四苦八苦してる。少なくとも、俺は無理だな。あ、研究論文なら書けるけど」
真斗さんは食べ終えた厚紙の重箱を、元のように重ねてごみ袋代わりのレジ袋に突っ込んだ。
私はぼんやりと真斗さんを見つめる。
真斗さんの言葉は私を励ましているのと同時に、『自分で考えろ』と突き放してもいる。それが、ただ単に慰められるよりもよっぽど心に染みた。
面倒くさそうな口調は相変わらず、ぶっきらぼう。けれど、ほら。この人が言っている内容は、とても優しいでしょ?
不意に、これまで書いてきた作品を、「面白いよ」と言って笑ってくれた人達──両親や、友達や、お祖父ちゃん達の顔が浮かぶ。なんか、無性に泣きたい気分。
(また、書いてみたいけど……)
でも、私なんかに書けるかな。そんな風に不安に思った気持ちを払拭するように、シロがすり寄ってくる。こちらを見上げる琥珀色の瞳と目が合うと、シロは私に頑張れとでも言いたげに、「ニャー」と一回鳴いた。
何を話そうかと考えあぐねいていると、真斗さんが先に口を開く。
「あの万年筆って、子供が持つような物じゃない気がするんだけど、どうしたんだ?」
「え?」
「あの万年筆、あんたはあまり知らなかったみたいだけど、凄くいいやつだよ。『モンブラン』っていうドイツ発祥のメーカーの『マイスターシュテュック』ってシリーズでさ。有名なのは長さが149ミリの『149』なんだけど、あんたが持っていたのは全体的に細いボディに少しだけ長さが短くなった『146』ってやつね。でも、それでもいい商品であることには変わりない。146は小さな手でも持ちやすいから、女性にも人気があるんだ」
「…………」
そっか。やっぱりあの万年筆、凄くいい品物なんだ。『昔、奮発して買った』と笑ったときの、お祖父ちゃんの表情が脳裏に浮かぶ。そんな大事なものを安易に売ろうとしたことに、物凄い罪悪感を覚えた。
隠すようなことでもないので、私はポツリ、ポツリと事情を話し始めた。
小学校のときに、子供向けの小説コンテストで入賞したときにお祝いで貰ったこと。そのあとも小説を書いていたけど、鳴かず飛ばずだったこと。創作仲間の成功を目にして、自棄になったところで変な男に引っ掛かったこと。
「ふーん。ま、結果的には後戻りできないくらい傷が深くなる前に変なのとは別れられたからよかったんじゃね? で、次は何を書くの?」
しんみりとした私に対し、真斗さんはあっけらかんとした様子だ。
「え? でも、私才能ないみたいで」
「誰かプロにそう言われたわけ? あんたは才能がないから、もう書くなって」
「いえ……」
心底不思議そうに聞かれ、言葉に詰まる。
私が小説を書かなくなったのは、誰かに言われたからじゃない。自分でそう決めつけたからだ。私には才能がないから、もう書いても無駄だって。
「よくわかんねーけどさー」
俯き加減の私に、真斗さんは相変わらずなんでもない様子で言葉を続ける。
「その万年筆をくれたじいさんは、あんたに楽しく書いてもらうきっかけにしたかったんじゃないの? プロになれだなんて、一言も言ってないんだろ? そりゃ、孫がプロの作家になったら嬉しいだろうけどさ」
「…………」
「最初から熱狂的なファンがいるなんてすげーじゃん。世の中には、趣味を家族にバカにされたり、反対されるやつだっているわけよ」
なんか、色々と言葉が出てこなかった。
つまり、甘ったれな私は夢を叶えることができなくて、自分で無理だと境界を張って、更には地道に努力してきた仲間に嫉妬して、最後は安易に逃げ出したのだ。亜美ちゃんに『クズ男』呼ばれされた健也と、本質的には何も変わらない。
「…………。私、また書けるかな?」
「知らねーよ。ただ、一つのストーリーを作り出して、それを本にできる文量に纏めることは誰にでも早々できることじゃない。レポート用紙何百枚って文字数だろ? それだけで大したもんだと思うけど。だって、一般的な資格試験で課される論述試験でよく見かけるのが八百字とか千六百字くらいだろ? それですら多くの奴らが四苦八苦してる。少なくとも、俺は無理だな。あ、研究論文なら書けるけど」
真斗さんは食べ終えた厚紙の重箱を、元のように重ねてごみ袋代わりのレジ袋に突っ込んだ。
私はぼんやりと真斗さんを見つめる。
真斗さんの言葉は私を励ましているのと同時に、『自分で考えろ』と突き放してもいる。それが、ただ単に慰められるよりもよっぽど心に染みた。
面倒くさそうな口調は相変わらず、ぶっきらぼう。けれど、ほら。この人が言っている内容は、とても優しいでしょ?
不意に、これまで書いてきた作品を、「面白いよ」と言って笑ってくれた人達──両親や、友達や、お祖父ちゃん達の顔が浮かぶ。なんか、無性に泣きたい気分。
(また、書いてみたいけど……)
でも、私なんかに書けるかな。そんな風に不安に思った気持ちを払拭するように、シロがすり寄ってくる。こちらを見上げる琥珀色の瞳と目が合うと、シロは私に頑張れとでも言いたげに、「ニャー」と一回鳴いた。