「や、八雲さんが、付喪神ではなく、人……?」

「そうじゃよ。まぁ……ほんの少しだけ、あやかしの血が混じっておるのは確かじゃが。八雲は我々とは違い寿命のある、ほぼ普通の人じゃよ。──ひ・と」

 ぽん太が、念を押すように言う。

(八雲さんが付喪神ではなく、私と同じ"人"──)

 思いもよらぬ事実に花は一瞬時を忘れたように硬直したが、すぐに我にかえると目を瞬かせ、三人に食ってかかった。

「い、いやいやいやいや、嘘ですよね!? だってそれなら、どうして私と同じ"人"である八雲さんが、つくもの九代目なんてやってるんですか!?」

 現世と常世の狭間にある、付喪神様専用宿の若旦那。従業員たちも全員付喪神で、訪れる客も全員付喪神のこの場所に、人がいること自体おかしな話だと思う。
 花は特例だ。だから当然、八雲も何か器のある付喪神様なのだとばかり思っていたし、だからこそ八雲は、人である花がここにいることに嫌悪感を抱いているものとばかり思っていた。

「どうして、と言われてものぅ」

「先祖代々、そういう家系なのですよ。八雲坊の家名は【境界(きょうかい)】というのですが、その境界家の先祖があやかしだったというだけの話です」

 つまり、八雲の本名は【境界八雲(きょうかいやくも)】ということか。しかし、先祖があやかしだったというだけの話と言われても、ああそうなんですねと簡単に納得できることではない。

「つまりな、ここ【つくも】は、あやかしを祖先に持つ境界家の当主が、代々継いで切り盛りしてきた宿ということじゃ。だから八雲も近い将来、妻を娶って子を設け、次の世代に名を繋がなきゃならん」

「そうしないと、つくもの跡継ぎ問題が発生し、先行きがわからなくなってしまいますしねぇ」

 うんうんと頷きながら、ぽん太と黒桜は当然のことのように言ってみせたが、花は自分の耳を疑わずにはいられなかった。
 代々そういう家系──ということは、初代から子へ、そしてまた次の子へ……と受け継がれて、今の八雲で九代目ということだろう。
 加えて今のふたりの言い方だと、まるで結婚して子を成すことが義務であるかのように聞こえてしまった。
 八雲は、つくもを守るためにいつかは絶対に結婚しなければならない。そして八雲と妻との間に産まれた子は必然的につくもの十代目になるということだ。
 もちろん現世でもそのようにして受け継がれてきたものは数多にあるとは思うが、こうして目の当たりにすると、花はなんとも言えない気持ちになった。

(なんて言ったらいいかわからないけど、すごく変な感じ……)

 自分が会ったことも話したこともないご先祖様たちに敷かれたレールを、当たり前のように歩いていかなければならないということは、どれだけ窮屈で息苦しいことだろう。
 現世であれば結婚することは義務ではないし、子を産むことも夫婦の間で考えればいいことだ。
 更に子の将来など──それこそ本人の自由で、親やくだらない仕来りに縛られるべきものではないと、花はふたりの話を聞いて考えずにはいられなかった。