洋介は本当に反省しているのか、申し訳ないと思っているときのくせで後頭部を片手で掻いている。
 視線は私の足元を彷徨い、目線がちゃんと合わないのは、洋介が本心からなにかを言っているときよくあることだった。
「別れようって言ったの、冗談だったのは本当なんだ。そのまま菜乃があまりにもすんなり受け止めるから、引っ込みつかなくなって」
「じゃあなんで、別れたあとに私との別れ話、会社の人にぺらぺら話したの」
「怒って話しかけに来ると思ったんだよ! なのにお前、完全に無視決めこむし。別れた次の日から赤の他人って顔して……ムカついてたら、草壁さんから電話かかってくるし、いつのまにか親し気だし……」
 なんて自分勝手な言い分なんだろう。
 百歩譲って、私が冗談を冗談と気づかなかったせいで別れることになってしまったとして、いずれにしても私たちは別れて正解だったに違いないよ。
 だって今、話すほどにすれ違い続けているんだから。
 幻滅して、悲しくて、よく分からない涙が込み上げてくる。
 こんなところ、草壁さんに見られたくない。
「無視って……別れたんだから関わりなくなって当然じゃん!」
「お前のくせになんでそんな割り切ってんだよ! 見てるとムカつくんだよ。もう一回俺のこと見ろよ、あのときみたいに!」
 そう言われて、手を掴まれたその瞬間、数歩うしろにいた草壁さんが、洋介の腕を掴んで引き剥がした。
 突然の草壁さんの登場に、みるみるうちに顔を青ざめさせる洋介。
「く、草壁さ……! どうしてここに」
 そう叫んだ洋介の声は震えていて、いったいなにが起きているのか分かっていないようだ。
 草壁さんは私たちの会話が終わるのを待ってくれていたようだけど、いつも通り落ち着いた口調で静かに諭しはじめる。
「終わりだよ、お前。好きな相手に恐怖心与えたら、もう絶対に戻れねぇこと、その年でも分かんねぇのか」
「いや……、俺はただ話を」
「……俺は、部下の私情に突っ込むことは絶対にしない。だがひとつだけ言わせろ。お前にも俺にも花井にも、人間誰しも居場所ってもんがあるんだよ。分かるか?」
「は、はい……」
「お前は花井の職場の居場所も、プライベートの居場所も奪おうとした。人が居場所を奪われたらどうなるか知ってんのか。ほんとの孤独を知ってんのか」