大袈裟だけど、私はこのお店が自分の“居場所”だったんだ。

 だからこんなにも、胸が熱くなって、瞳に涙が溜まってしまうんだ。

「大好きですっ……。またここに来たい……っ」
 子供みたいに、震えた声でそう伝えると、頭の上に大きい手が乗っかった。草壁さんの手だった。
 草壁さんは一切表情を変えずに、ぽんぽんと、二度私の頭を優しく撫でる。それから、スープが入った鍋に蓋をして、食パンも紙袋の中にしまった。
「だったら助ける。花井は大事な客だからな」
「え……?」
 そう言うと、草壁さんは私の腕を引っ張って、強引に外へ連れ出し、赤いドアに『準備中』のプレートをさげた。
「く、草壁さん、お店あけてどこに行くんですか……?」
 動揺している私を無視して、草壁さんは流れるようなスピードでタクシー乗り場へ向かっていく。
「今から行くぞ。元彼んとこ。住所言え」
「え? な、なに言ってるんですか、やめてください! そんなことしたらお店が! 逆上されるかもしれないし……」
「いいから」
 いつになく怖い顔をしている草壁さんに、私は困惑した。本当に今から洋介の元へ向かおうとしているのだろうか……。
 戸惑っている間に、タクシーをいつでも捕まえられそうな大通りに出てしまった。
 ……そのときだった。ちょうど私のスマホに洋介から電話がかかってきたのだ。
 動揺していたせいでついワンコールでその電話に出てしまった。
『もしもし菜乃? 今俺、三茶にいるから』
「え……? なんで」
『今環七歩いてるところ。ドンキ見えてきたわ』
「なんで勝手に来るの、困るよ!」
『いや……昼のこと俺なりに反省して……。頼むからちゃんと話させて』
 洋介と話すことなんてもうなにもないのに。
 しかも今ドンキの近くって……。我々も今まさにその付近にいるんですけど……。
 なんて思っていると、救急車がちょうど大通りを通り過ぎて、スマホ越しに同じタイミングでサイレンが鳴った。
 恐る恐る前方を見ると、そこには少し驚いた様子の洋介がいた。
 彼は、タイミングよく会えたことに驚き過ぎたせいか、うしろに草壁さんがいることに気づけないまま、すぐに私に近寄ってきた。
「菜乃。昼は悪かった。データ消したことも、パソコン隠したことも、子供っぽいやり方過ぎた。反省してる……」