枝豆の優しい甘みと、チーズとマヨネーズのこってりした味付けを、厚切りトーストが完全に包み込んでいる。
 チーズと枝豆ってなんでこんなに相性がいいんだろう。
 感動しながら、スープにも口をつける。
 最初はオリーブオイルが香って、そのあとに枝豆と玉ねぎのふわっとしたまろやかなコクが広がった。枝豆の青々とした香りもすごくいい。
 今度は厚切りパンをちぎって、スープにつけて食べてみる。
 合わないわけがない。完璧な美味しさだ。
「美味しいです……草壁さん……」
「そうか。足りなかったら追加でパン焼くからいつでも言え」
 美味しい。これを最後に食べることができて本当によかった。
 自分で育てた野菜が、こんなに体に沁みるなんて。
 ひと口食べるごとに、ここで過ごしたわずかでも大切な日々が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
 ……楽しかった。幸せだった。美味しかった。
 このお店は、私にとってもいつしか宝物のようになっていたんだ。
 だから、失くせない。私なんかのせいで、こんな素敵な場所をなくすわけにはいかない。
 私は知らず知らずのうちに涙を流しながら食べていた。
 仰天した草壁さんは、めずらしく動揺した様子で目を丸くした。
「花井、なにがあった。お腹が痛いのか。それともタダ働きさせたこと怒ってるのか」
 草壁さんの焦った言葉に、全力で首を横に振る。
 ここで理由を黙って消えられたら、お話としても美しいだろう。
 それに、私なんかがお店に来なくなった程度で、草壁さんはなにも困らない。
 分かっているけれど、この優しい味を口にしたら、今まで必死に耐えていたものが一気に溢れ出てしまう。
「私、今日ここに来れるの最後かもしれないんですぅ……」
「は? なんでだよ」
 思ってもみない言葉だったのか、草壁さんは眉を顰める。
「草壁さんにとってはただの部下でただの客でも、私にとってこの店は宝物で……」
「いや、そういうのいいから。理由教えて」
 なんだかエモくなってしまったので、今までの感謝の気持ちを伝えようとしたら、ズバッと切り捨てられた。
 草壁さんのその冷静さのお陰が、少し涙が引いた。
「も、元彼に草壁さんが副業してることバラされたくなかったら、もう一度付き合えって脅されて……」
「はあ?」