まさか、会社一のエリートイケメン上司と、こんな時間に枝豆を植えているなんて……。
 友人に話したら、ビンタされて目を覚まされるレベルの妄想だ。
「花井、中々丁寧に植えられてるな。雑そうなのに」
「えへへ、そうですか?」
 でも、草壁さんの言う通り、土を触っているとなんだか気持ちが落ち着いてきた。もしかしてこれは、草壁さんなりの励まし方だったりすりのかな。
「本当だ。植物に囲まれているだけで、心が安らぎますね」
 そう笑いかけたとき、ポケットに入れていたスマホが鳴りひびいた。
 軍手を取ってからスマホを見ると、私はぎょっとした。
 なんと、電話をかけてきた相手は元カレの洋介だったのだ。
 思わず顔を強張らせている私を見て、草壁さんはなにかを察したのか、同じように軍手を外すと、私の手から強制的にスマホを奪い取った。
「え、草壁さん、何を……!」
 慌てる私をよそに、草壁さんは表情を一切変えずに通話ボタンを押す。
 その瞬間、スピーカーにせずとも、元カレのバカみたいな声が聞こえてきた。
『もしもし、菜乃(ナノ)? お前すぐ出ろよ。からかったの冗談だって分かってんだろ? あと、今日家来れる? 飲み会なくなって今から暇でさあ』
 あまりに予想通りな電話に怒りで震えていると、草壁さんが仕事モードの冷徹な口調で言い放った。
「行かねえよ、ひとりで飲んでろクソが」
『は⁉︎ お前誰だよ!』
「今日、お前のクソみてぇなミスを回収してやった上司だよ」
 そう言って、草壁さんはぽちっと通話終了ボタンを押して、私に返した。
 呆気にとられてしまった私は、ぽかんと口を開けたまま、草壁さんを見つめている。
 それから、今頃電話の向こうで私以上にぽかんと大口をあけている洋介を想像して、私は土の上にお尻をついて笑い転げた。
「あ、あはは、草壁さん、口悪すぎ」
「おい、服汚れるぞ」
「洋介、絶対今、石化してますよ! あはは、草壁さん本当すごい」
 笑い転げる私を見て、草壁さんは『何がそんなに面白いんだ』という顔をして呆れている。
 笑いながら私は、今日草壁さんと会えてよかったと、心の底から思っていた。

 お腹が空いてたらろくなことを考えない、というのは本当だ。
 もし、草壁さんと出会う前に電話がかかっていたら、元彼と会ってしまっていたかもしれない。