お店の周りに咲いていたひまわりはもう枯れて、代わりに甘い香りが辺りに漂っていた。その匂いの元はキンモクセイで、絵に描いたように可愛い、オレンジ色の小さい花が木に咲いている。
 他にも、私の背の高さくらいある立派な植物が入り口付近に沢山ならんでおり、相変わらず建物の壁は草木に覆いつくされていた。
 草木に埋もれた赤いドアの前に立って、ひとつ深呼吸をする。
 このドアを開けられるのは、今日が最後なんだ。
 そう思うと、なかなかドアノブに触れることができない。
 しかし、ドア越しに美味しそうな匂いがして、私は思わずドアを開けてしまう。
 カランコロン。鐘の音が鳴ると、草壁さんがすぐにこちらを向いた。
 なんだか草壁さんが、一瞬ほっとしたような表情を見せたような気がする。
「花井、待ってた」
「えっ、私をですか?」
 今日はまだお客さんが来ていないようで、草壁さんはお店にひとりだったようだ。
 思わぬ優しい言葉に、うっかりキュンとしてしまいそうだったが、私は平然を装い緑色の丸椅子に腰かける。
 なんだか今日の草壁さんは上機嫌で、いつもより表情が柔らかい。
「天候が悪くて収穫が遅れたけど、今日はついに枝豆が採れたんだ」
「ええ! もしかして私と一緒に植えた枝豆ですか?」
「そうだ。こんな都会でも立派に育っただろう」
「すごい……、実がパンパンだ」
 枝付きの枝豆を手に取って、私は感動してしまった。
 あのとき一緒に植えた枝豆がこんなに美味しそうに実るなんて……。
 なにより、草壁さんが本当に嬉しそうにしていることが嬉しい。
 今からこの食材を使ってどんな料理をしようかワクワクしている草壁さんを見ていると、本当に幸せな気持ちになる。 
 思わず母のような目で見つめていると、「こっちを見るな」と怒られた。
 そんなストレートな怒り方しなくても……。
「今日は枝豆を使ったポタージュと、枝豆チーズトーストを作る」
「メニュー聞いただけでよだれ出てきました」
「花井のは特別に超厚切りにしてやるよ」
 そう言って、草壁さんは慣れた手つきで調理を開始した。
「花井も手伝ってくれ」
 そう手招きされて久々にキッチンに立つ。
 頼まれた作業は、茹でた枝豆をさやから出して、薄皮を剥く作業だ。
 とっても地味で地道な作業だけれど、自分で育てた野菜だと思うと愛おしい。