「ムカつくんだよ! 俺よりもハイスペな男にヘラヘラしてるお前見てると」
 な、なんだそのトンチンカンな言い分は……⁉︎
 ますます洋介の考えていることが分からなくて、顔を赤くして怒っている洋介の顔を覗き込むと、肩を押されて突き放された。
 男のプライドというやつなのだろうか……。
洋介が私にどうしてほしいのか、なにが気に食わないのかが分からない。
 だけどこれで、洋介とも付き合わずに、あの店を守れることができるのなら……。
 そう考えると、これが一番の答えとしか思えなかった。
 大丈夫。だって、私と草壁さんはそもそも同じ部署でもないし、会社では関わ
ることもなかったんだし、草壁さんと本来話す機会もない、そんな関係だったんだから。あの植物レストランだって、草壁さんは、もともと会社の人には教えるつもりなかったって言ってた。
 葵さんたちとなかなか会えなくなるのは寂しいけれど、これであの場所が守れるのなら……。
 私はぐっと寂しい気持ちを抑えこんで、洋介を見上げた。
「分かった。もう草壁さんとは関わらないよ。今日であの店に行くのも最後にする。その代わり約束は守って」
「……ああ」
「洋介、私ずっと洋介に傷つけられたと思ってたけど、もし私が洋介を傷つけることをしていたらごめんね」
 それだけ伝えて、私は会議室をあとにした。洋介は一瞬戸惑った顔をしたように見えたけれど、今の私はあれ以上洋介とも話すことは辛かった。
 頭の中に、植物レストランで過ごした日々が蘇る。
「もう私、あのお店に行けないんだ……」
 言葉にすると、急に現実感が増してきて、自分で決めたことなのに、寂しくて仕方なくなった。
 大人になってやっと見つけた、安心できる場所だった。草花の美しさと、深呼吸したくなる新鮮な空気と、ほっとする味の美味しいご飯と、なにかを抱えているけれど優しいお客さんたち。
 なにかが欠けていても、誰もそれを否定しないあのお店は、私にとって心の光だった。
 悲しい。草壁さんとは会社で会えるし、葵さんたちとも連絡すれば他の場所で会えるのに。
 あそこじゃなきゃ意味がないって、どうしてそう思ってしまうんだろう。



 金曜夜、三軒茶屋駅から歩いて十五分。
 三角地帯を抜けた、奥まった住宅街の中へ、私は今日も向かった。