そんなことを思って頭の中でラーメンマップを浮かべていると、洋介が私の手を取った。
「今日、ウチ来るでしょ?」
「え……」
「えってなんだよお前。いつもすんなり来ないよな」
「いや、色々準備とかしてないし、なにも着替え持ってきてないよ!」
「そんなの買うか同じの着ればいいだろ。明日休みなんだし」
 金曜日の夜は、いつも愛情の答え合わせみたいだった。
 溝の口にある1Kの洋介の部屋はいつも散らかっていて、私を呼ぶって分かっているはずなのに座る場所がない。
 いつもすぐにシャワーを浴びて、物が散乱したソファーに向かうこともなく、ベッドへ向かう。
 洋介の部屋はいつも薄暗くて、彼の顔もよく見えない。
「菜乃、もっと声出してよ」
 そんなことを言われても。
 私の頭の中は今、食べることができなかったラーメンのことで頭がいっぱいなわけで……。スマホでオットセイの鳴き声の動画でも流しておこうかな……。
 ていうか、バカみたいに演技臭い声を上げる前に、洋介に言いたことがあるよ。
 まだ入社して間もないのに、上司の悪口言うのやめて。気分悪いから。
 自分で勝手にメニュー決めるのやめて。私だって選びたいから。 
 酒飲むとお腹空かないんだよって言うのやめて。こっちは超お腹空いてるから。
 店員さんにタメ口なのやめて。なんかイキってるのダサくて殴りたくなるから。
 部屋いつも汚いのやめて。掃除して。やりたいだけの部屋に見えてくるから。
 あと、最後に、私の意見も聞いて。あの頃みたいに。
 私はどう思ってるの?って、目を見て聞いて。お願い。
「菜乃……? なに、泣いてんの?」
 私は私なりに、洋介のことが好きだった。
 でもこうなってしまったのは、自分の意見を聞かれないと言えない自分の性格のせいだし、今日ラーメンを食べられなかったのも、本当の自分を曝け出す勇気がなかった自分のせいだ。

 だから私は、自分の大食いを洋介に告白したのだ。
 洋介と歩み寄りたいから。進みたいから。
 だけど、洋介はそれを受け入れてくれなかった。
 あのときの、引いた冷たい目を今でも忘れることはできない。
 誰かに話すと笑い話になっちゃう失恋だけど、私はたしかに洋介のことが好きで、ちゃんとあのとき傷ついたんだ。
【あんなに食うのは女じゃない。正直引いた。別れよう(笑)】