皆に好かれてるかどうか……。
 萼さんの言葉がふいに胸を突いて、一瞬過去のできごとがフラッシュバックした。
 あんな昔のことを思い出すなんて、萼さんの言葉は図星だったからかもしれない。
「萼、やめろ」
 落ち着いた低い声が聞こえて、私は一瞬で正気に戻った。
 草壁さんは珍しく少し怒った様子で、萼さんの名前を呼んだ。
「お前の言葉は毒がありすぎる。うちの客の心理掘ってネタにするな」
「ごめん、つい癖で」
「お前それやりすぎて、小鳥遊芽依にも嫌われてるんだろ」
「そう、大嫌いなんだって、俺のこと。ごめんね菜乃ちゃん、本当に悪気はないんだけど職業病で」
「他の小説家に失礼だろ。ただお前が性格悪いだけだ」
「そうでした、ただ僕の性格が悪いだけです」
 ふたりのやりとりに、私は苦笑いをすることしかできなかった。
 危ない。なんだか萼さんの言葉や瞳に誘導されて、つい思い出さなくてもいいことまで思い出しそうになってしまった。
 愕さんは催眠術師や占い師にでもなるんじゃないだろうか。
 萼さんは「ごめんごめん」と再び謝りながら、怒っている草壁さんを制している。それから、「じゃあもっとポップな話してあげるよ」と指を鳴らした。
「さっきこの店を物陰からじっと見てる男がいたよ。誰かのストーカー? 大丈夫?」
「どこがポップなんですか⁉︎」
「あれ、違った?」
 私の全力の突っ込みに対して、萼さんはあははと笑っていた。
 つ、掴み所がなさすぎる……。初対面ではそんな印象じゃなかったのに!
 それにしても、そんな怪しい男性がいたなんてちょっと怖いな。
「葵の追っかけ記者だろ。この前も来てたし」
 草壁さんの冷静なひと言に、私もなるほどと納得した。
 たしかに、もう大分数は減ったけれど、たまに記者らしき人を私も見かけた。
 萼さんは「なんだそういうことか」と言って、つまらなさそうにモヒートを口に運ぶ。
「お前がバカなこと言ってるうちに焼けたぞ。スペース空けろ」
「うわー! 美味そう! もう食べていい?」
 目の前に出されたのはぷりぷりのハーブソーセージが乗ったピザだ。
 緑色のピーマンと、赤いトマトソースとの色合いも美しい。
 相変わらず、草壁さんがつくる料理は見た目も完璧だ。
 感動しながらも、私も薄い生地のピザを手に取って、上に持ち上げた。