どうして会社だとこうも話しかけづらいのだろう。
私と草壁さんは普段まった関わることのない部署だが、今日はたまたま話しかけなければならない状況に陥っていた。
どうしても会議室の空きが足りず、社内打ち合わせの会議室と、来客用の会議室をチェンジしてほしいというお願いに来たのだ。
来客用の大きい会議室が欲しい時間帯に、たまたま社内ミーティングを入れていたのは草壁さんだった。
私は恐る恐る眉間にしわを寄せて仕事している草壁さんの元へ近づくと、私を押しのけて榎本さんがやって来た。
榎本さんは今日も美しい黒髪を揺らしている。
「草壁さーん、さっき経理から内線ありましたよ。この食事会の経費の詳細を教えてほしいって」
「丸吉食品会社の常務と飲んだ。そう答えておいてくれ」
「分かりましたー! ていうか、このお店超美味しいって有名なところですよね。さすが草壁さんお店選びのセンスもいいですね」
「それ選んだの葛谷(クズタニ)だぞ。無駄口叩かずに仕事しろ」
「目標達成したら、今度このお店私も連れてってくださいよ」
草壁さんの冷たい返しをものともせず会話し続ける榎本さんは、やはりハートが強い。
それにしても、久々に聞いた元カレの名前にびくっと肩が揺れてしまった。
そうか、元々洋介は草壁さんと同じ部署だったけれど、先月まで別の階で仕事していたんだ。
それがいつのまにか、私と草壁さんと同じ階に席移動していた。
入口の近くにいる洋介をチラッと見ると、タイミング悪く目が合ってしまった。
げっ、最悪だ……。
洋介も一瞬、バツの悪そうな顔をしていた。
引きつった顔のまま草壁さんの方に顔を戻すと、今度はその顔のまま草壁さんと目が合ってしまった。
「なんて顔してんだお前。喧嘩売りに来たのか」
「ち、違います。会議室変更のお願いに来ましてっ」
「なんだよ、そんなことかよ。いつ?」
草壁さんは私に目もくれずにパソコンと向き合いながら、数秒で会議室を移動してくれた。
やっぱり会社での草壁さんはなんだか話しかけづらい。
私はぺこっと頭を下げて、そそくさとシステム事業部から去っていった。
あと二時間後には大事な会議がある。
こんなことで時間を潰している暇はないのだ。
自分の席に戻った私は、すぐにプレゼン資料のファイルを開く。