「よし! 入社当初のやる気を今復活させるときだ……!」
 そう思い立って、勢いよく立ち上がり、冷蔵庫の扉を開く。
 しかし、自分のやる気とは裏腹に、冷蔵庫の中身は、賞味期限の切れたチーズと、醤油とマヨネーズしかない殺風景な状態だった。
「まずは買い出しか……」
 パタンと静かに扉を閉めて、私はスニーカーを履いて外に出た。

 三軒茶屋は昼も夜も賑やかだ。
 小さなお店が密集した三角地帯の夜はまさにカオスで、小窓から覗きたくなるような不思議なお店ばかり。
 今はお昼だからどのお店も閉まっているけれど、芸能人が営業しているお店もあったりする。
 大型スーパーに向かうまでの道に植物レストランがあるので、Tシャツデニム姿のままなんとなく通り過ぎると、なんとそこには草壁さんの姿があった。
 花に水やりをしている草壁さんも、目を丸くしたまま私を見ている。
「ついに会社を辞めてこっちを本業に……?」
「ちげぇよ。有休消化日だ。制度厳しくなったから人事に注意されてな」
「なるほど、お疲れ様です……」
「花井は夏季休暇って言ってたな。どこか行くのか」
「いや、とくに予定が無いので数年ぶりに料理をしようかななんて血迷ってみまして……えへへ」
「すぐそこに美味いちゃんぽん屋あるぞ。あと牛丼屋は今日並盛が半額らしい」
「作るなってことですか?」
 すっかり草壁さんに、料理出来ない人間認定をされてしまったことは仕方ないけれど……。
 ぐぅの音も出せない私を見て、草壁さんが心配そうに問いかけてくる。
「なにを作る気だったんだ」
「いや、とくに決めてなかったんですけど、弊社のレシピを見ながら作ろうかなって。このコンテスト優秀賞を受賞したやつとか!」
「それ揚げものだけど、花井ん家に揚げ物に必要な調理道具一式あんのか」
「え……、深めのフライパンじゃダメですかね?」
「かす揚げ、菜箸、バット、キッチンペーパー等はあんのかって聞いてんだ」
「……ないですね」
「なんでお前ら料理しない勢は、なにも学んでないくせに謎の自信で難易度高いものから作ろうとするんだ。謎味にされる食材に謝れ」
 白目をむく勢いで叱られた私は、全て正論過ぎてそのまま苦笑いすることしかできない。
 だって……レシピを見ると作る気が失せてくるんですもん……という反論はさすがに口にせずにぐっと飲み込んだ。