葵さんの写真集が発売された日、同時に、葵さんのインタビュー記事があがって世間を賑わせていた。
 自分の過去を振り返った記事で、そこにはありのままの葵さんが描かれている。
 “自分らしく生きるモデル”として取り上げられた葵さんは、同じ境遇の人たちなど新しい層にファンを増やし、中性モデルとして活躍の場を広げた。
 もちろん、良い意見ばかりではなかったが、事務所の理解や戦略もあり、葵さんは『急だったけど、一歩先のステージに行くことができた』と嬉しそうに笑っていた。
 そして、心ないことを言われた日は、植物レストランで愚痴を吐きながら大盛のサラダを食べている。
 なんにせよ、葵さんは葵さん自身で今回の騒ぎを解決したのだ。
 葵さんはすごい。本当にすごい。
 私も葵さんのファンのひとりとして、心から応援していきたいと思っている。

 あれから数週間経ち、待ちに待った夏季休暇が訪れた。
 うちの会社はまとまった夏季休暇を自分の好きなときに五日間消化することができる。
 私はとくに用事もなかったが、八月末からお休みを取ることにした。
 そして今、やることも浮かばないまま自分の部屋のベッドで大の字になって寝転んでいる。
 1K、築十二年、駅から徒歩十五分で、家賃は八万ぴったり。
 東京はやっぱり家賃が高い。こうして寝ているだけでお金がかかるのだ。
 天井を見つめながら、今日という日をどう過ごすか考えあぐねていると、ふとあることが思い浮かんだ。
「今日はご飯、自分で作ってみようかな……」
 思い起こせば、自分のご飯を作ったのはどれくらい前のことだろう。
 こんな私でも、入社して一、二か月のころは、健康に気を付けようと息巻いていたのだ。
 しかしときが経つに連れ、残業も増え、飲み会も増え、気づいたらカップラーメンすら作らなくなっていた。
 レシピ投稿サイトに勤めているくせに料理が下手なんて、ユーザーに知られたら笑えない話だ。
 別に料理が嫌いなわけではなくて、ただ本当にセンスがなくて上手くできないだけなんだけれども……。
 いや、でも、いつまでもこのままじゃまずい。
 私は動画再生を止めて、ひとまず体を起こしてみた。
 そして、草壁さんが軽やかに料理をしていた姿を思い出す。
 私もあんな風に、おしゃれな何かを作れる人間になりたい……。