『今日葵の地元の子から事務所に電話かかってきたよ。たまたま人いなくて私が出たけど』
「え……地元ですか?」
 僕の声の雲行きが怪しくなったことを感じ取ったのか、柿谷マネージャーは「嫌な感じの電話じゃなかったよ」とすぐにフォローした。
 いったい誰だろう……。わざわざ事務所に電話までしてくる人なんて。
『茎田葵さんに、“あのときはごめんなさい。今は本当に応援しています”って、どうしても伝えてほしいって言われて』
「名前は……?」
『女の子だったよ。なんとかアイって名乗ってたなー。あ、ごめんこのあと打ち合わせなんだった。じゃ明日よろしくー』
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
 アイって、もしかして藍ちゃん……?
 正直、地元のことなんかもう一度たりとも思い出したくないくらいだ。
 僕の記憶の中では、中学校のクラスメイトは悪魔みたいなイメージで終わっていたけれど、あの子たちも今、当たり前だけど成人して大人になったんだな……。
 なんだか感慨深くなって、思わず空を見上げる。
 そのときの自分にとっての悪人が、いつまでも悪人なわけじゃないこと、頭のどこかでは分かっている。
 あのとき皆はたしかにまだ子供で、僕みたいな存在は“分からなくて”怖かったのだろう。
 いつか、この傷も完全に溶けてなくなるだろうか。
 自分が藍ちゃんに言い放った言葉が、ふと頭の中に蘇る。
『ごめん。僕、恋愛の意味で好きな人も、好きになれそうな人も、出会えたことないんだ』
 ……藍ちゃん、僕やっと、一緒にいると調子がくるったり、心が華やぐ人に出会えたかもしれない。
 あのとき、ちゃんと最後まで告白を聞かずに逃げてごめんね。
 僕は心の中で謝って、お店の中へ戻った。
「葵さん戻ってきた! 今料理できましたよ! トウモロコシの天ぷら、めちゃくちゃ甘くておいしいです!」

 子供みたいな笑顔に、不意打ち過ぎて胸がきゅんとしてしまった。
 危ない、危ない……。
 自覚したら、何百倍も菜乃ちゃんの一挙手一投足が可愛く見えてしまう。
「美味しいから、はやく一緒に食べましょう!」
「うん、食べるー!」
 僕は気を取り直して隣に座り、トウモロコシの天ぷらを食べた。
 今は百パーセント恋愛対象として見られていないけれど、僕の本気は結構怖いよ? 
 だって、かつて校内一の王子様って言われてたくらいだからね。