あまりに動揺している草壁さんが面白くて一瞬笑ってしまったが、涙はぽろぽろと流れ落ちてしまった。
「す、すみません、今日色々重なっちゃって……」
 目頭を指で強く押さえたけれど、涙が止まらない。
 入社して三年目。今日はとんでもない厄日だった。
 取引先への説明不足で信用を失いかけ、落ち込んでいるところを元カレにとどめを刺されたのだ。
 元カレの洋介(ヨウスケ)は草壁さんと同じシステム事業部で、同期の飲み会では、私と別れたことを笑いに変えようとしているのか、本気で精神をえぐろうとしてくるのか、よく分からない絡み方をしてくる。
 それだけにも関わらず、運悪くエレベーターでふたりきりになった今日、こう言われたのだ。
『セフレになら戻ってやってもいいよ。お前の顔は結構好きだし』
 あまりのショックに、言葉を失った。
 私はこんな人と一年半も真剣に付きあっていたのか、と。
 自分が本気で好きだった人が、こんなにも人の気持ちを考えられない人だったということが、とにかく悲しくて仕方がない。
 ……やりきれない。悔しい。殴ってやりたい。
 こんな恋、しなければよかったと、本気でそう思った。
「元カレが……あまりにもゴミすぎて……絶望した日に飲むハーブティーがこんなに沁みるなんて……」
「……ハーブティーが酒に見えてきたな。そんな一気飲みするもんじゃないからなそれ」
 鼻水をすすりながらそう嘆くと、草壁さんは呆れた顔で私を見つめた。
 草壁さんにこんなことを話しても迷惑でしかないと分かっているのに、ハーブティーで緊張の糸が解けてしまった私は、言葉が止まらない。
「実は、元彼に大食いが理由でふられてから、ランチも減らしてて……」
「くだらなさすぎるな」
「でも、私にとってはトラウマもんなんですよ! そんなに食うやつ女じゃないって言われて、影で某有名掃除機の商品名をあだ名にされて……」
「泣くなよ。めんどくさいから」
「本音すぎません⁉︎」
 泣きつく私を見て、草壁さんはふぅっとひとつため息をつく。
「花井が愚痴っている間に、一品できるぞ」
「えっ、またいい匂いがする……」
「今朝裏庭で摘んだバジルだ」
「栽培までしてるんですか!? すごすぎます、草壁さん……」