「ど、どうも……」
にこりともしないシェフに案内されて、赤いドアをくぐる。
あのドアをくぐった瞬間から、僕の世界は変わったんだ。
その店には個性的な人がたくさんいて、僕の個性なんか吹けば飛ぶようなものだった。
爽君は、僕がどんな格好で食べに来ても『その服食いづらそうだな』しか言わないし、芽依ちゃんも萼君も、良い意味で自分にしか興味のない人たちで。
あの店での出会いは僕にとって全部が新鮮だった。
常連客になって、あのお店にすっかり居座りついていたころ。
――そんなとき、菜乃ちゃんに出会った。
『葵さんって、色んな顔を持ってますね。今みたいに無邪気だったり、可愛かったり、かっこよかったり……素敵です』
僕にとって菜乃ちゃんの第一印象は、ちょっとおどおどしてて、人見知りなのかなって印象だった。
だけど、素直に人のことを褒められたり、ハッとするくらい明るい笑顔を見せたりする。
初対面の人でこんなに印象的な人は滅多にいないから、また菜乃ちゃんに会うことが楽しみになっていた。
そんな中で、自分の性に対する記事があんな風に拡散されて、色んな人を不安にさせて迷惑をかけた。
ネタを提供したのは、中学の誰かだってすぐに分かった。
週刊誌に乗っていたのは、どれも中学時代の写真ばかりだったから。
僕をメンズモデルとして応援してきてくれたファンからは、やっぱり辛いコメントがきていた。
そりゃそうだなって思った。
いくら戦略だからとはいえ、ずっと騙してきたんだから。
自分自身も。ファンのことも。
一緒に真剣に仕事をしてくれたスタッフの顔が浮かんで、ただただ申し訳なくて、逃げ出したくなった。
でもそんなとき、一番に駆けつけてくれたのは、モデルの友達でもマネージャーでもなく、菜乃ちゃんだった。
『なにも知らない人に、こんな風に言われるの、本当に悔しい……』
『葵さんが、男でも女でも、どっちでもなくても、どんな服着てても、中身が葵さんなら、私はあの店で葵さんと会えるのを楽しみに待ってますから』
そんな力強い言葉と共に、本当に悔しそうに泣いてくれる彼女を見て、胸の奥がなぜかギュッと苦しくなった。
僕はあのとき初めて、心から抱き締めたいと思って菜乃ちゃんを抱き締めた。
にこりともしないシェフに案内されて、赤いドアをくぐる。
あのドアをくぐった瞬間から、僕の世界は変わったんだ。
その店には個性的な人がたくさんいて、僕の個性なんか吹けば飛ぶようなものだった。
爽君は、僕がどんな格好で食べに来ても『その服食いづらそうだな』しか言わないし、芽依ちゃんも萼君も、良い意味で自分にしか興味のない人たちで。
あの店での出会いは僕にとって全部が新鮮だった。
常連客になって、あのお店にすっかり居座りついていたころ。
――そんなとき、菜乃ちゃんに出会った。
『葵さんって、色んな顔を持ってますね。今みたいに無邪気だったり、可愛かったり、かっこよかったり……素敵です』
僕にとって菜乃ちゃんの第一印象は、ちょっとおどおどしてて、人見知りなのかなって印象だった。
だけど、素直に人のことを褒められたり、ハッとするくらい明るい笑顔を見せたりする。
初対面の人でこんなに印象的な人は滅多にいないから、また菜乃ちゃんに会うことが楽しみになっていた。
そんな中で、自分の性に対する記事があんな風に拡散されて、色んな人を不安にさせて迷惑をかけた。
ネタを提供したのは、中学の誰かだってすぐに分かった。
週刊誌に乗っていたのは、どれも中学時代の写真ばかりだったから。
僕をメンズモデルとして応援してきてくれたファンからは、やっぱり辛いコメントがきていた。
そりゃそうだなって思った。
いくら戦略だからとはいえ、ずっと騙してきたんだから。
自分自身も。ファンのことも。
一緒に真剣に仕事をしてくれたスタッフの顔が浮かんで、ただただ申し訳なくて、逃げ出したくなった。
でもそんなとき、一番に駆けつけてくれたのは、モデルの友達でもマネージャーでもなく、菜乃ちゃんだった。
『なにも知らない人に、こんな風に言われるの、本当に悔しい……』
『葵さんが、男でも女でも、どっちでもなくても、どんな服着てても、中身が葵さんなら、私はあの店で葵さんと会えるのを楽しみに待ってますから』
そんな力強い言葉と共に、本当に悔しそうに泣いてくれる彼女を見て、胸の奥がなぜかギュッと苦しくなった。
僕はあのとき初めて、心から抱き締めたいと思って菜乃ちゃんを抱き締めた。