残りの中学一年間はほとんど学校に行かずに過ごした。
 親も僕を外に出すことが恥ずかしかったのか、通信制の高校に行くことはまったく反対されなかった。
 モデルとして生きていくと決めたときはさすがに止められたけれど、『僕がずっと家で引きこもってていいわけ?』と言ったらなにも言ってこなくなった。

 全部を捨てて、東京に出てきた。
 ここになら自分の居場所があるかもしれない。
 ありがたいことに事務所はすごくいい会社で、僕の性自認についても理解してくれた。
「SNS見てスカウトしたんだからもちろん分かってるよ。これは葵の個性として、戦略立てて出していかない?」
 女性マネージャーの反応はとても冷静で、大人だった。
 今のアカウントは消して、まずは普通にメンズモデルとしてデビューし、知名度を上げてから中性モデルとして活躍の場を広げる。
 そんな風に先を見て受け入れてもらえるとは思っていなかったので、僕はそのとき一回だけ泣いたんだ。
 でも、戦略とはいえ、ファンに嘘をついている罪悪感が辛くて、ふたたび東京で孤独に襲われるときがあった。
 自分の予想とは反して人気はぐんぐん昇っていき、メンズの格好をした僕は“注目の若手メンズモデル”として知名度を上げていた。

「今日なに作るんですか」
 そんなときに、爽君と出会ったんだ。
 買い物袋を両手いっぱいに持っている爽君は、不愛想な男前だった。
「……食べに来るか。ちょうど今から店開けようと思ってたんだ」
「え……お店?」
 自分で話しかけたくせに、意表を突かれた僕は戸惑ってしまった。
 シェフなのにスーツ姿って、いったいどういうことだろう……。
 普段なら絶対についていかないけれど、そのときの僕はなぜか爽君を最初から信用しきってしまっていた。
 そして、マンションから出て二秒の場所に、そのお店はあった。
「あ! ここずっと僕気になってて……お花屋さんなのかなって思ってたんですけど」
「植物レストランって書いてあるだろ」
 見えない位置に小さな看板があって僕は感動した。
 それにしても、植物に囲まれた建物は暗闇の中だと禍々しいな……。
 なんて思っていたのは束の間で、玄関の明かりが灯ると、一気に草木が美しく輝きだした。
 昨日は雨だったから、葉に残る雨粒がキラキラとダイヤモンドのように光り輝いている。
「どうぞ、いらっしゃいませ」