こういうのは勢いが大事だ。
 僕は、思い切ってSNSのアカウントを郡司に送った。
 しかしその日、郡司から返信は来なかったんだ。

 翌朝のことだった。
 僕が教室に入ると、空気がいつもと違うことに気づいた。
 ドアを開けた瞬間僕に視線が集中して、その目はまるで異質なものを見つめるような瞳だった。
 僕は一瞬にしてなにが起こっているのかを悟ってしまい、絶望した。
 ふと、そばにいた男子が僕にスマホを見せる。
「なあ、葵……、お前女装の趣味あんの?」
 ニヤついた目が妙に腹立たしくて、一瞬殴りたくなったけれど抑えた。
 郡司が広めたんだ。
 そんなことは聞かなくても分かった。
「葵君、嘘でしょ……超ショックなんだけど」
「似合ってるけど、でもさすがに引くよね……」
 俺は、ザワつくクラスメイトを押しのけて、俯いて目を逸らしている郡司の机に一直線で向かった。
 ドスンと勢いよく鞄を置いてじっと見つめていると、郡司はバツが悪そうに顔を上げる。
 裏切られたこと。
 受け入れられなかったこと。
 人を信じすぎていたこと。
 人を見る目がなかったこと。
 世間的にはまだまだ自分のような存在は異質なんだってこと。
 SNSの世界とリアルの世界が違うって忘れていたこと。
 そのどれもに腹が立つよ。
 なぁ郡司、お前、今どんな気持ちで肩を震わせてんだ?
「藍ちゃんが僕を好きだったことがそんなに悔しかった?」
「は……?」
「残念だったね。藍ちゃん、郡司みたいに雄っぽい人苦手なんだって。女装教えてやろうか? なあ」
「フザけ……!」
 僕は、郡司が振り上げた手を片手で止めて、捻る。
 それから、この教室にいる全員に言い聞かせるように、言い放った。
「お前の、全部に、失望した」
 一言一句聞き逃させないように、低い声でそう言い放った。
 教室は布が擦れる音さえ目だって聞こえてしまうほど、静寂に包まれていた。
 僕がここにこれ以上いたら、さすがに気まずいだろうと思い、僕は荷物をもって教室を出ようとした。
 ドアの近くに藍ちゃんがいて、彼女はなにか言いたげな瞳で僕を見ていた。
「あ、葵……」
「今の僕になにかかける言葉ある? ないならどいて」
 僕はおかしくない。皆がおかしい。世界がおかしい。
 これ以上自分を傷つけて壊さないために、そのときの僕は必死で。