申し訳ないけれど、葵さんのことを『そっちの世界の人』という分断をした榎本さんとは、一緒にご飯を食べる気になれなくて、私はトレーを持って立ち上がった。
「すみません、資料作成終わってないこと思い出したので、お先に失礼します……」
 まだラーメンもチャーハンも半分しか食べていないけれど、葵さんのことが不安で急に味がしなくなってしまった。
 草壁さんはなにか言いたげな顔をしていたけれど、葵さんや植物レストランの話を今ここでできるわけもなく、アイコンタクトだけ軽くしてから席を離れた。 
 葵さん、大丈夫だろうか……。ついさっきまで写真集発売の報告として、素敵な笑顔の写真をSNSにアップしていたのに。
 地元の人に打ち明けたら受け入れてもらえなかった、と語っていた葵さんの過去が脳裏にチラつく。
 今日、植物レストランはおやすみの日だけど、お店に行ってみよう。
 そこで葵さんに会ったら、なんて言葉をかけてあげたらいいんだろう。
 分からない。だけど、葵さんに会いにいこう。
 その日の午後、私は気もそぞろなまま仕事を終えた。

 葵さんに昼に送ったメッセージはいつになっても既読にならなくて、その代わりに、植物レストランの前には記者がふたり訪れていた。
「どうしますか……草壁さん……」
 今私は、三軒茶屋駅で偶然合流した草壁さんと、遠くから記者の様子を見て立ち尽くしている。
 ネットにどこにも情報が載っていないのに、どうしてこのお店だと分かったのだろう。不思議で仕方がない。
 草壁さんも珍しく怒っているようで、低い声で「俺が先に行く」とつぶやいた。
「すみません、邪魔なんでどいてもらえますか」
 草壁さんに見下ろされた男性の記者は一瞬驚いていたが、すぐにメモを取り出し問いかけてくる。
「すみません、茎田葵さんとはどういったご関係で……」
 草壁さんは鍵を開けて完全に無視を決めこんでいる。
 しかしふたりの男性の記者もめげずに質問を続けてくる。
「葵さんがいつもここに来るときは女性の格好なんでしょうか」
「もしかして、恋人関係だったりしちゃいますか」
「あ? どんな意味で聞いてんだ、それ」
 その質問に、草壁さんの表情がかなり雲行きが怪しくなってきたので、私は急いで草壁さんの元へ向かってドアを開けた。
「草壁さん、そろそろ仕込みの時間しないと」